日本に味噌を取り戻す
佐野味噌醤油株式会社 代表取締役社長 佐野 正明
味噌汁と聞くと、家庭の味を思い出す方も多いのではないだろうか。1300年も前から、日本の食卓を支えてきた味噌。しかし、食文化の変化に伴い、味噌の消費量は年々減少している。「味噌を日本に取り戻したい」。その強い思いを持って、味噌の販売を行っている会社がある。それが今回取材させていただいた、佐野味噌醤油株式会社だ。同社の掲げている経営理念は『味噌づくり 絆づくり』。味噌を通じて、人々の絆を創り続けている。本取材では、80年以上の長きにわたって脈々と受け継がれてきた同社のDNA、そして失われつつある味噌を取り戻すべく続けている挑戦について、同社の3代目佐野社長からお話を伺った。
伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
『味噌づくり 絆づくり』の理念から生まれる真面目さ
同社の従業員について「皆さんすごく真面目です」と話す佐野社長。とはいえ、そういう人ばかりを意図的に採用しているわけではないという。経営理念を明確にし、約2ヶ月にわたって、毎日30分、社員はもちろんパート・アルバイトに至るまで、勉強会を行ったのだ。その結果、お店を去ることになった人もいるという。
同社の経営理念、それは『味噌づくり 絆づくり』。味噌の文化を守り創り続けること、そして人々の絆を創り続けることが同社の使命なのだ。この理念に共感した人のみが同社に残り、佐野社長の思いが浸透しているからこそ、真面目な社風が生まれているのであろう。
それは例えば、接客姿勢にも表れている。同社の接客理念の一つに、「お客様に少しでも元気になって帰ってもらう」というものがある。実際にお店に足を運んだ際、接客の温かさをしみじみと感じた。
経営理念が全員に浸透していることで生まれる真面目さ。これが同社の社風と言えるだろう。
「味噌は心に作用する」ということを心底理解していること
味噌が心に作用し、それが人と人の絆になる。そのことを心底分かっていること。これが同社の優位性だと佐野社長は語る。では、なぜ理解できているのだろうか。それは、同社の創業まで遡る。戦後、物が少なく、味噌にふかした芋を混ぜた粗悪品も横行していた時代。その中で、同社では決して質を下げることはせず、味噌蔵から味噌を買い集めていた。そこには、「戦争に負けてうなだれている日本人に、今こそ味噌を供給しなくてどうする」という創業者の強い使命感があった。味噌は日本人にとって大事なものだと肌で感じていたのだ。この創業からの長年の思いが、現在にも受け継がれている。
そのため、味噌を「お金と交換するための商品」として扱うのではなく、「どうすればおいしく食べられるのか」を伝えるために、味噌とソムリエをかけた『噌ムリエ』という社内制度がある。味噌が人と人との絆になると心底分かっているからこそ、それを体現した商品・制度・接客が整っていることが、同社の何よりの強みなのだ。
人々に態度変容を起こし、日本に味噌を取り戻す
同社の目指す先について「日本に味噌を取り戻すこと」を挙げた佐野社長。そう思い立ったきっかけは何だったのであろうか。「近年、自分の生まれた日本という国が衰退しているように感じる」と話す佐野社長は、日本を立て直したいと考えているのだ。1300年も日本人を支えてきた味噌という食材を用いて、食の文化からこの国を良くしていけると確信しているという。
とはいえ、その活動の大きさは「まだ小さな点でしかない」と話す。そこでまずは、量を増やしていく必要がある。いかにお客様に「味噌を買いたい」「味噌とご飯を中心にした食生活を取り戻してみよう」と思ってもらうか。そのためには、ただ店舗を広げるのではなく、味噌に対する思いを商品化していくことが重要となる。その足がかりとして開発されたのが、イートインスペース『味苑』だ。『味苑』を通して、人々に態度変容を起こし、味噌を日本に取り戻す。同社の活動で、日本全国に味噌が取り戻される日が楽しみでならない。
店舗では味噌の量り売りを行っている
イートインスペース『味苑』
佐野社長自ら店頭に立つことも多い
創業当時から脈々と受け継がれるDNA
―なぜ日本に味噌を取り戻そうと考えたのですか
味噌により、心が優しくなると信じているからです。とはいえ、僕たちの会社の理念を明確にしようとした時、そもそもなぜ味噌を大切にしてきたのかが分かりませんでした。そこで、日本人にとって味噌とは何なのかを考えるために、お客様にアンケートをとりました。すると、「味噌と聞いて、何を連想するか」という質問に対して、「お母さん」「主人です」など、皆さんが人の顔を思い出すことが分かりました。僕自身も味噌汁は心の故郷だと思っています。ドラマなどでも、味噌汁は家族の物語によく合いますよね。それを取り戻すことで、心が優しくなると感じています。だからこそ、味噌を日本に取り戻したいのです。
―創業当時から大切にされている考え方は何ですか
創業したのは僕の祖父母です。昭和9年のことですが、開店記念日が祖父母の結婚記念日だそうです。当時の写真は、丁稚さんと一緒になって、とても笑顔に溢れていますよ。祖母が丁稚さんのお母さんとして、家族のように接していたのです。それが会社の空気として残っているため、現在も「家族主義」という考え方があります。また、祖父は組織づくりが上手で、様々な数字を競わせたそうです。こちらも、「行動こそ真実だ」という「行動主義」が今でも残っていますよ。また、戦後の物がない時代でも、お客様に対して決して威張らず、粗悪品にも手を染めませんでした。その姿勢が、お客様対応や品質へのこだわりに繋がっています。創業者の様々な思いが、DNAとして今でも残っています。
―生き生きと働いておられる理由を教えてください
入社当初は、「3代目になるから頑張らなくてはいけない」という義務感で働いていました。しかし、その頃はただただ辛かったですね。そこで、働く意味を知った上で働きたいと思い、理念を考え直したのです。理念を考え直してから、味噌が日本人にとってとても大事な役割をしていて、それを取り戻すことが日本のためになる、と納得しました。それからは、命をかけて働こうと思うようになりましたね。今では義務感などではなく、仕事をやりたくてしょうがないです。以前は、日本を良くするのは、政治家などの仕事だと思っていました。しかし、自分も頑張り抜いたら、仕事や味噌を通して、世の中に貢献できるかもしれない。そう思うと、義務感から解放されて、とても楽しくなりました。
何よりもお客様を大切に
佐野味噌醤油株式会社 通信販売部 お客様係 森 絵美子
今回取材させていただいたのは、入社6年目になる森さんだ。元々味噌に興味があったわけではなかったが、入社後の勉強会により味噌に詳しくなった森さん。現在では、社内資格『噌ムリエ』を有し、お客様に味噌の良さを伝えている。また、他にも、イートインスペース『味苑』の運営や、商品の配送作業、事務仕事など、様々な業務に日々取り組んでいる。このように、様々な業務に取り組めることが、同社におけるやりがいであり、森さんの責任感向上に繋がっているのだという。本取材では、森さんの入社の経緯や、味噌にかける思い、そして、インターネット販売の売上を増やしていくという夢の実現に向けた取り組みについてお話を伺った。伝統の承継と挑戦の未来を担う社員の思い
老舗企業の神聖さの中に見えた、人の温かさに惹かれて
同社への入社のきっかけとして、人の温かさを挙げた森さん。とはいえ、80年以上の長い歴史を誇り、地元江東区では知らない人がいないほどの老舗企業には、初めは神聖で入りづらい雰囲気があったという。しかし、圧倒されている森さんを、店長や社長を始め、従業員の方々が明るく迎え入れてくれたのだ。そして、面接などで様々な話をする中で、「ここで働きたい」という意思が強くなったという。 また、実際に入社してからも人の温かさを感じている。元々味噌に興味があったわけではないという森さんが、佐野社長とのマンツーマンの勉強会により、現在では同社の社内資格『噌ムリエ』を取得し活躍しているほど。佐野社長の情熱が森さんを変えたのだ。「ただ味噌を売るだけでなく、味噌を売ることで世の中に与える良い影響が分かるようになった」と話す森さんの目は輝いていた。 佐野社長を始め、社内の人の温かさが森さんを惹きつけ、そして現在活躍するに至るまでの原動力になっているのだろう。お客様を最優先に考え、必要なことは何でもできる
様々な仕事に携われること。これが同社におけるやりがいだと森さんは語る。元々事務兼販売という形で入社した森さん。しかし、6年目となった現在、店舗での対応はもちろん、商品の発送作業、レジのシステム移行作業などにも携わっているという。 なぜこのように柔軟な対応ができるのであろうか。そこには、お客様への思いがあった。「来店しているお客様をお待たせしてはいけない」。そのためには、事務作業に専念するのではなく、常に周りを意識して声掛けをしていく必要がある。 創業の頃から、80年以上引き継がれている思いがある同社。また、お客様の中には、何十年にもわたって通い続けている方もいるという。先人たちが作ってきた繋がりを守るためにも、お客様を何より大切にしているのだ。 お客様のことを最優先に考えているからこそ、そのために必要なことは何でもできる同社。常に多くのことにチャレンジできる環境で、森さんは生き生き働いているに違いない。お客様への気持ちを大切にしつつ、数字として売上を上げる
年の初めに各々が計画を立て、社内で発表するという習慣がある同社。森さんの目標は「インターネットのお店を運用できる人財になること」だという。「お客様のために」という気持ちを大切にしつつ、実際の数字として利益を出していかないといけない、と感じている。 数字を意識し始めたのは、店舗の改装がきっかけだったという。「どれくらい費用がかかったのか」「それをどう取り戻していくのか」ということに興味を持ったのだ。改装以降、店舗では『味苑』によって来客が増え、売上が増えている同社。『味苑』同様、インターネットでの発信もさらに充実させたいという。そこで、SNSなども活用し、インターネット販売によって若い顧客層を増やしていくことを目指しているのだ。 これまで、「お客様のために」という気持ちを貫くことで、地元のお客様から愛されてきた同社。これに加えて、今後は組織として売上・利益を上げ、全国展開を目指していく。活躍の場を全国に広げていく森さんの今後が楽しみだ。
『味苑』でも提供しているおかず味噌
『味苑』で提供している味噌汁
店舗には多くの味噌樽が並ぶ
自分も会社も成長していく
―入社してからこれまでで、一番印象に残っていることは何ですか
私の中で一番インパクトが強い出来事は、昨年の7月から9月にかけて行った店舗改装ですね。特に、仮店舗へ移行する時が印象深いです。店舗を移転する際、旧店舗の営業が終了してから、味噌や冷蔵庫を自分たちで運んで、次の日から仮店舗での営業が始まりました。移行期間に店を閉めることなく店舗を移すのは楽な作業ではありませんでしたが、自分たちでやり切ったという実感が大きいです。また、店舗改装は、『味苑』を作ることだけが目的ではなく、天井や床の高さも変更して開放感溢れる店舗を目指しました。新店舗ができ上がった際には、お祝いのお花もたくさんいただき、込み上げてくるものがありましたね。こだわりと思いの詰まったこの店舗から、会社をさらに発展させていきます。
―会社の好きなところはどこですか
自分らしく働くことができるところですね。うちは会社の展望や思いが明確にあって、従業員もそれに賛同している方ばかりですので、人間関係が良く、取り繕ったりする必要がありませんから。たとえ社長相手であっても、ざっくばらんに言い合うことができます。私自身、社長に言いたいことを言いますし、社長からご指摘をいただくこともあります。
また、自分がこう関わりたい、と言えばそれをやらせてもらえる環境もあります。もちろん、毎日毎日楽しいことばかりではないですが、辛いことや苦しいことをバネにして、前向きに捉えていける人には合う会社だと思います。
私自身、これからも社長の熱い気持ちに負けず、会社をより良くするための議論をしていきたいと思います。
―森さん自身が、入社時から変わったことはありますか
責任感が強くなりましたね。元々「自分で何とかしなくてはいけない」と思う性格だったのですが、それがさらに強くなりました。様々な仕事を任せていただけているからこそだと感じています。自分がしっかりしていないと、他の社員や後輩、パートやアルバイトの方々に教えることもできなければ、いざという時に守ることもできないですからね。自分が分からないことがあれば、常に改善策を考えています。
私は、「生きていくこと」は「問題を解決していくこと」と同義だと感じています。問題に直面した時に、どう解決していくかを考えることが大切です。会社では最終的な責任を取るのは社長ですが、社長がいなくても回るようにしていきたいですね。
佐野味噌醤油株式会社
1934年 佐野一郎・花子夫婦が佐野商店を創業
1945年 東京大空襲により社屋焼失
1946年 味噌配給所として再建スタート
1961年 江戸川松江店を開設
1963年 砂町銀座支店を開設
1978年 亀戸駅ビル支店を開設
2009年 佐野正明 三代目社長に就任
2010年 社内資格 噌ムリエ制度を開始
2016年 本店内にみそ汁イートインコーナーを新設
1945年 東京大空襲により社屋焼失
1946年 味噌配給所として再建スタート
1961年 江戸川松江店を開設
1963年 砂町銀座支店を開設
1978年 亀戸駅ビル支店を開設
2009年 佐野正明 三代目社長に就任
2010年 社内資格 噌ムリエ制度を開始
2016年 本店内にみそ汁イートインコーナーを新設
創業年(設立年) | 1934年(1934年) |
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事業内容 | みそ・しょう油等調味料・梅干・つけ物・乾物等 製造卸小売販売 |
所在地 | 東京都江東区亀戸1-35-8 |
資本金 | 1,000万円 |
従業員数 | 30名 |
会社URL |
監修企業からのコメント
80年以上の長きにわたって、こだわりの味噌を提供し続けてきた佐野味噌醤油様。佐野社長と森さんのお話を伺って、従業員の皆さんが『味噌づくり 絆づくり』という経営理念に向かい、同じ方向を見て働いておられるのだなと感じました。また、『味苑』でいただいたお味噌汁、とても美味しかったです。ぜひまたお邪魔させてください。
掲載企業からのコメント
この度は取材をしていただき、ありがとうございました。創業からのエピソードも含めてお話することで、弊社が大切にしてきたことをお伝えできたと思っております。まだまだ小さいお店ですが、日本に味噌を取り戻すべく、今後も精進してまいります。ほっとしたい時には、ぜひお店にお味噌汁を食べに来てください。