学習の意義について考える

File No. 003

学習の意義について考える

同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授

田中 秀樹

近年、中小企業を取り巻く経営環境は、デジタル化、少子高齢化、人材流動化などの急激な変化にされています。不確実性の高い環境において、中小企業が特続的に競争優位を確保するためには、限られた資源を補完できるように組織成員(経営者、従業員)が相互に能力を高める必要があります。

そのためには「学習する組織」として組繊能力を高めることが不可になります。本務では、学習論の主要な理論接組みを参照して、中小企業が学習を通じて競争力を高めるためのポイントを無理してみます。

なぜ、中小企業にとって「学習」が重要なのか

学校、職場あるいは地域社会。我々は様々な場面で「学習」を続けて、様々なことを体得してきました。企業組織も同様で「学習」することで組織は能力を高めていきます。これは企業規模を問わず、組織に決められるものです。しかし、中小企業は、一般的に、大企業と比較して金・人的リソースが制約されています。それ故、計画的な研修投資や専門部署の設置が難しく、人材育成が当たり的になりがちであるともされます。

しかし、学習過程においてメリットになる点も存在します。中小企業は組織階層が少なく意思決定が迅速であるため、「現場での学習」や「経験からの学び」を組織全体に反映・浸透させやすいという強みを持ちます。

また、組織規模が大きくないため、暗然知の所在を判明させやすいというメリットもあります。暗黙知の形式知化が迅速に循環すれば、大企業よりも素早い組織学習が可能となります。それによって、「学習」を中小企業の競争力の原動力とすることができます。

「学習」によって何が起こるのか/何を生み出すのか

現場の知を体系化するためのヒントとなるモデルとして、Kolb(1984)の「経験学習モデル」があります。この理論モデルは、個人の学習プロセスを「経験に基づく循環的な発達」として体系化した理論として知られており、学習誰の中でもとりわけ有名な枠組みの一つです。Kolbは学習を「具休的経験

(Concrete Bxperience)一省察的拟察
(Refleetive Observation)→抽象的概念化
(Abstract Coneeptualization)→能動的実験(Active Experimentation)」の4段階からなるサイクルとして起えています。学習者はこの循環を繰り返すことで、経験を単なる出※事としてではなく、理論化・内面化し、次の行動に応用できる知識へと転換するとされます。

具体的な例を想定してみましょう。加工作業を行う従業員が、段取り替えに通常より時間がかかり、予定していた生産量に遅れが発生しました。原因は工具配置の整理不足と、手順の属人化にありました。このような具体的経験に対して、省然として、作業者とリーダーが現場で振り返り(観察)を実施して、「どの工程・工具配置が原因で止まったか」「熟練者と新人の手順の違いはどこか」などを確認して、停器ポイントを可視化します。この振り返りに基づいて、「段取り作業の手順を標準化することが不可である」「マニュアルや工具を“わざわざ探さない”状態をつくり、徹底すべき」といら原則を見出します(抽象的概念化)。そして、能動的実験として、「段取り標準手順書」の作成・配布、マニュアルや工具の定位置管理を導入・徹底して試行したうえで、作業者同士で改善点を共有して段取り時間短縮の効果検証を行います。その結果、段取り替えによるプロセスロスをなくすことに成功しました。

このように、経験学習モデルでは、学習が「行為」と「認知」の相互作用で、経験の振り返りや概念化を経ることで初めて深い学習が成立すると考えられています。この点は、学習は静的な知識獲得ではなく動的で構成的なプロセスと捉えるべきと考えられます。

大企業でもそうですが、とりわけ中小企業ではOJT中心あるいはOJTのみでの育成が一般的です。加えて、一人ひとりの職務範囲が広いこともあり、経験の量が多いことも、大企業と比して中小企業の特徴ではないでしょうか。しかし、その一方で、経験からの省察や概念化が弱く、ややもすれば“やりっぱなじ”となる傾向があります。例えば、顧答からのクレーム対応において、担当者個々の経験として蓄積されても蓄積されっぱなしになり、組織レベルで再発防止やプロセス改善に結びつかないこともあり、そうであれば、学習の効果は限定的になります。

経験学習サイクルの導入は、特に中小企業においては行いやすいのではないでしょうか。なぜなら、日々の業務で得た知見を、全社ミーティングなどによって組織成員全員で共有・察して、組織的な改善へと結びつけることが容易だからです。現場主導の「小さな改善」が継続し、結果として大きな学習効果を生むことが期待できます。

「学習」を活かす組織になるためには組織が学習を進めると、その学習成果やそこから導き出される事実は組織内で既成事実化されて、それが組議慣性になってしまうこともあります。組織貨性とは、組織が外部環境の変化に対応しようとする際に、現状を維持しようとする力が働く、いわゆる「慣性の法期」を生み出してしまう況を指します。組織の過去の経験や習慣、すなわち学習によって培ってきた事象そのものが変化への適応を妨げる抵抗力となってしまう現象です。

では、その状況を打破する方法はあるのでしょうか。これも学習に関する研究に糸口をつかむことができます。それは、組織学習における「シングル・ループ学習」と「ダブル・ループ学習」という考え方です(Argyris

& Schon,1978など)。シングル・ループ学習とは、目標や前提はそのまま、行動やプロセスのみを正する学習を指します。ダブル・ループ学習とは、日標や前提そのものを問い白し、思考の枠組みを変える学習を指します。それぞれの概念モデルは図の通りです。

中小企業の現場では、日々の改善や手順の見直しといったシングル・ループ学習は比較的起こりやすいです。これにより、工程の効率化や生産性向上は期待できます。しかし、それは持続的な競争優位性を持つ(今同じ工程を繰り返し続けても利益を出し続けることができる)という前提がある場合のみに、通用する学習とも言えます。

本質的な競争力に関わるのは、むしろダブル・ループ学習です。ダブル・ループ学習を通じて、前提を疑い、その前提を省察する過程を経て、新たな価値制造を実現できます。例えば、下請けをする企業が「顧客が望むのは安価な製品を提供することである」という前提を疑って、それまでの発注者以外に、品質向上やアフターサービスを重視する順答に無点を移して新たな価値提供を行うという意思決定は、単なる改善にとどまらず被略的転換につながります。

中小企業は、組織規模が大きくないため官僚的ではなく、柔数性を発揮する機会にも恵まれています。それ散、ダブル・ループ学習を行うための要件とされる「失敗が共有される文化」「上司が問いを発するマネジメントスタイル」「形式知化の仕組み」を具現化しやすく、ダブル・ループ学習の過程をスムーズに進めることにおいて、中小企業には有利な側面もあります。

企業力確保のために「学習」をどう捉えるべきか

「学習」は組織の持続的成長を支える根幹になりえます。中小企業は規の小ささを活かして迅速な意思疎通や現場の一体感を強く保持できます。その利点を活かして、学習が効果を発揮しやすい環境を持つともいえます。組織成員が持つ潜在力を引き出すには、個人の経験を組織の知識へと板換しながら、改善と革新が循環する仕組みを育むことが重要です。環境変化が欲しい時代だからこそ、中小企業において「学習する組織」を目指す取り組みは費用対効果の高い戦略的投資とも言えるのではないでしょうか。

同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授

田中 秀樹

1981年生まれ。
同志社大学総合政策科学研究科博士後期課程修了。博土:(政策科学)。
他大学などを経て、2020年に同志社大学政策学部・総合政策科学研究科准教授、2024年より現職。
同志社大学STEM人材研究センター・副センター長、同志社大学中小企業マネジメント研究センター・研究員も併任。日本労使関係研究協会理事や滋賀県男女共同参画審議会委員なども務める。
近年の業績
"Self-perceived talent status and employee outcomes: role of the organisational justice in Japanese learning organisations", The Learning Organization, 20244F (Jt #)
"Effects of talent status and leader-member exchange on innovative work behaviour in talent management in Japan" Asia Pacific Business Review, 2023年(共著)
『人事管理のリサーチ・プラクティス・ギャップ日本における関心の分化と架橋』2024年、有製閣(共著)【日本経営学会2024年度学会賞受賞】

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