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株式会社茨城製砥

株式会社茨城製砥 代表取締役社長 野村郁夫

1968年の創業以来、製造業向け、研削砥石の分野で高い品質を誇る株式会社茨城製砥だ。レジノイド極薄切断砥石とダイヤモンド・CBN電着工具という商材をメインに、多くの企業から支持されつづけてきた。
レジノイド極薄切断砥石とは、ダイヤモンドなどの粉粒砥材を熱硬化性合成樹脂 (レジノイド) で固結成形した回転砥石で、ダイヤモンド・CBN電着工具は、金属製の台金上にダイヤモンド・CBNの超砥粒を電気メッキ(ニッケル)で固定した工具だ。
この確かな品質による実績と信頼の裏には、様々な取り組みの歴史がある。今回、その歴史ある会社を受け継ぎ、そして時代に合わせ、自社の新たな技術開発と販路拡大など、次世代への基盤づくりを考える野村社長にお話を伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質

人が輝く会社を作ろう

同社の社風について「自主的に考えることができ、コミュニケーションが良好」だと野村社長は語る。これはもともとあったものではなく、野村社長と従業員が意識して努力の上、近年作り上げたものだ。
社長への就任当初「朝礼をした際、上から一方的に言って従業員が下を向いて聞いていなかった。これではいけないと思った」と語る。この風土を改善していくために、まず社員一人ひとりとの面談を行うとともに、面談以外にも会食やイベントなど様々なコミュニケーション機会を作った。幸い従業員の皆も協力的で、少しずつ社員全体が活性化し、社内の雰囲気がだんだん良くなっていったという。
社員からも「入社当時と比べると本当に社内の雰囲気が良くなった」などの声も出てきて、コミュニケーションの改善についての変化を実感できたという。
「人が輝く会社を作ろう」これは同社の理念の一つで、経営者と社員が一体となって磨き、輝く組織を作っている。

品質に絶対の自信

高い品質、それが同社の徹底したこだわりで、強みだ。
社長就任時、経営理念とともに、品質方針も明確に掲げ、従業員一人ひとりが主体的に品質改善に取り組んだ結果、現在では品質不良のクレームはほとんどなくなったという。その中でも注目すべきは、独自の工程管理システムを構築し、受注製品がすべてリアルタイムでどの状態にあるか、見える化できている点だ。現在では当たり前のように思えるが、ただ仕組みを作るだけでなく、一人ひとりが自分の作業管理を徹底して行わない限りこの仕組みは正しく機能しない。そのため業務フローの見直しとともに、品質向上に向けた社員教育を時間をかけて行った。
このようにして、価値あるものづくり企業として、型を決めるだけでなく目的から指導し、自主的に考え実践する体制を実現した。
「この点は、お客さまからも非常に支持されていると思う」と、社長の自信に満ちた表情から、茨城製砥の高い品質水準と徹底した管理体制が伺えた。

自社技術を発信していきたい

新しい自社の基盤を作っていきたい、と社長は語る。従来、お付き合いのある商社などの会社からの受注がほとんどだったが、時代は変わっていく。
同社も営業に特化した社員を採用し、新たな営業活動を始めたが、まだ十分ではなく先の事を考えると、もっと攻めていかなければならない。そこで、まず小規模な専門部隊を作り、営業活動の活発化を進めている。
その根底には自社の高い品質をもって、新たな市場への展開をねらっている。実際、現状のお客さまと形状を決める際の、試作等で「これじゃ使えない」と言われることはまずない。
これまでのお客さまの満足度向上はもちろんのこと、自社の安定した品質技術を新しいお客様に知ってもらえれば安心して任せていただける。今はその自信がある。組織づくりとともに、技術面においても新しい時代をつくる環境は整い、50周年を超え、次世代に向けた挑戦が始まった。
創業間もない頃、社員旅行で
多品種少ロットを高品質で提供
50周年を迎え新しい時代

会社と野村社長の歴史を紐解く

会社の成り立ちを簡単に教えてください

初代社長、つまり私の父は以前、電着砥石を作っている会社に勤めていました。厚さ1mmとか1mm以下の特に薄い砥石の製法を思いつき、当時の会社に提案しましたが実現できず、最終的には創業して、自分で作り始めたのが当社の始まりです。昭和43年のころですね。
私が入った昭和58年くらいから電着による事業を本格的に始めました。それが今の二大商品になっているという訳です。
父の後任を創業時の仲間であった社員が引継ぎ、2014年に私が3代目として就任しました。歴史というと大げさな言葉かもしれませんが、とにかく創業から技術と品質にはこだわっていました。“膨張”“拡大”といったイメージよりは、“よいものを作り支持され続ける”という考え方でしょうか。

入社の経緯を教えて下さい

30歳過ぎまで、東京で公務員をしていました。入社した当時、周りは皆10才以上年上。会話をしてもローカルな話でついていけないところもあり、実際『前職を辞めなければよかった』と思ったこともありますね。専務(社長のご長男)は6年前にやはり他業種から入社しましたが、どう思ってるかな(笑)。
現場の技術的な仕事については、かなり多くのことを行ってきました。割と体質にあっていたようで、技術の勉強をして新商品の開発をしたり、入社当時、ビジネスに普及し始めたパソコンを覚えて、生産管理のシステムを作ったりしていました。それが40代の時ですね。ものづくり会社ですから社員の信頼を得るのもやはり技術や知識の部分もあり、その点は努力しましたね。

ISOの取り組みについて教えてください

ISOの取り組み自体は2000年頃から始めていましたが、以前は監査に向けて帳尻を合わせるなど、やらされ感もあり、あまり成果が上がっていませんでした。そこでISO推進に自主的に関わっていく方法に切り替えました。中小企業家同友会の仲間にも手伝ってもらい、遊び心も意識して、お互い笑いながら指摘できる雰囲気を作りました。その結果、審査官の方からは生産性やコストの改善ができていると評価して頂きました。目標を同じくして、コミュニケーションが良くなったからこそ、それがきるようになったと思います。
現在当社では、内部監査を3ヶ月に一度行います。他社は半年に一度が多いようですが、その2倍実施しているのでPDCAを早く回し、より短い期間で効果を上げることができていると考えています。

新しい会社づくりの 原動力となるリーダー

株式会社茨城製砥 製造二課 係長 伊藤聡美

今回お話を伺ったのは、同社の品質向上や社風改善に多大な貢献されてきた伊藤係長だ。新卒採用の1期生として入社後、現場業務を学びながら成長し、その後、結婚/出産を期に1年ほど会社を離れていた時期はあるが、プロパー社員として長く勤め、現場を知り尽くしている頼れる存在だ。
今では品質チェックの関所ともいえる出荷・検査管理という責任あるポジションを任されている。
お客さま、そして働く社員皆が「もっと良くなるために、なにができるだろう。」と常に考え、トライ&エラーを繰り返しながら改善を進める伊藤係長。今回のインタビューで、ご自身のキャリアとともに、野村社長の新しい会社づくりを現場の第一線で進めている取り組みやこれからの思いを伺った。

伝承の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質

ご縁での入社で天職にめぐりあう

明るいキャラクターと持ち前のきめ細かさで、活躍する伊藤係長。 入社経緯を伺うと、学生当時、あまり明確に将来を描いていたわけでもなく、親戚から誘われ、なんとなく入社を決めたという。しかし「実際入ってみると、元々細かい仕事が好きで、すごく合っているなと思っていました。大変だと思う人もいたようですが、私はそう思わなかった。細かい仕事をし終わったあとの達成感が好きです。」と付け加えた。 偶然ともいえる入社理由だが、新卒一度目の就職で幸いにも天職にめぐり合えた。「新卒での入社は私が一人目です。その後にどんどん若い方が入ってきました。」 伊藤係長の入社は、その後に続く新卒社員採用へのきっかけ作りとなり、新しい会社の文化をつくるスタートになったのではないだろうか。そして今では、ときに業務の厳しいチェック者、ときに頼れるお姉さんとして、なくてはならない存在となっている。

お客様に喜んでもらうのがやりがいです

「検査の品質を高くして、お客さまに喜んでもらうのがやりがいです。」伊藤係長は質問に対してこう即答し、品質管理における積み重ねた努力と絶対の自信がうかがえた。 伊藤係長が入社した当時は、まだ先輩からの手取り足取りといった指導はなく、教わったのは基本的なことだけだったという。どうやって検査していけばよいか、自分で考え、失敗を繰り返しながら実践してきた。この経験が血肉となり、今では「お客さまに、『伊藤さんのハンコがあれば、そのまま検査をせずに流せるよ!』と言ってもらえています。最初、その言葉を聞いた時は、本当に嬉しかった」と笑顔で語るように、社内外で圧倒的な信頼を得ている。 高い品質で定評のある茨城製砥。そのブランドが創り上げられた背景には、伊藤係長が歩んだもの、取り組んだことがそのまま当てはまるのではないだろうか。

お互いを知りさらに良い会社の雰囲気を作っていきたい

「会社の雰囲気を今よりさらに良くしたいですね。」と伊藤係長は語る。 伊藤係長が入社する以前は、今の雰囲気とは違い、技術者同士の激しい言葉のやり取りや、“盗んで覚えろ”という教育スタイルがまだ残っていた。 そういった空気を変え、新入社員がやりがいをもって成長できるような、良い雰囲気作りに時間をかけて取り組んでいる。 「皆が会社に行きたい!と思える雰囲気をこれからもどんどん作っていきたいです。」 「会社は2つの拠点にそれぞれ課があり、作っているものも全然違うし、お互い会ったとき雑談をすることはあるのだけど、仕事内容のことは全然理解できない。しっかり勉強してその辺りが理解しあえると良いな、と思っています。」 組織の生産性向上に向けた、相互理解やチームワークはとても重要だ。難しい言葉ではなく、感覚的にその点を捉えている伊藤係長は、『人が輝く会社を作ろう』とする、まさに理念の実践者だ。
品質への高い意識が顧客に評価されている
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茨城製砥の社風に迫る

会社にどのようなイメージを持たれていますか?

会社の雰囲気も入社当時と比べると本当に良くなりました。入社当時の雰囲気は、社会って、厳しいなと思うほどでした(笑)。
仕事をしていく上で社内のコミュニケーション…、人間関係はとても重要だと思います。仕事ですから重要なことは、もちろん議論すべきだし、真剣になれば言葉も強くなりますが、その中にやはり信頼関係があってこそと思います。
会社に行きたく無くなるとなにもできなくなってしまう。会社に行きたいと思える、雰囲気をこれからもどんどん作っていきたいです。まだまだなところはあるけど、80点くらいにはできたかな。

野村社長にどのようなイメージをもたれていますか?

私が入社した時は、まだ専務でした。現場も多く経験されていますし色々とすごく詳しいし、なんか博士みたいな印象です。また、技術や品質に関しては本当に厳しい…、というかこだわりがある人ですね。問題が起きるとその原因の調査から改善まで絶対妥協しない点はすごい。今は自分がその立場なのでよくわかります。ただ、それだけはなくて、社員の生活や家族のことまで、よく考えてくれる方です。例えば、子育て中の社員が休みがちになっても、なるべく子供といなさい、と言ってもらえる…。これは女性としてはとても心強いですね。女性や子育てに優しい働き方も考えてもらっています。

仕事で達成感を感じたエピソードを教えてください

検査でクレームを受けたことは、ほとんどないですね。この仕事についた初めのうちは、ミスを何度か繰り返したこともありましたが、今は、それもなくなりました。経験が生きる部分も多いのですが、どういう検査方法をしていけば一番良いかを常に考えて実践していますので、会社の検査品質には自信を持っています。この業務は経験があれば効率的行うこともできますが、やはり人が行う以上ミスはでます。その時にやり方や仕組みを振り返って、どこに問題があったか、また、他に問題が起きそうなところがないか探し、すぐ対応することが重要ですね。あと掲示物や会議の場を活用して、全員へ意識づけをすることが重要ですね。その時だけは、私は会社で一番怖い人になってるかもしれません(笑)。

監修企業からのコメント

どのように自立的チームができ上がったのか。それは野村社長と伊藤係長の思いで培われていったことが今回の取材で分かりました。会社を変えようという想いと、様々な取り組みによって社風が改善し、自立的なチームが育ち、品質が向上するという好循環に入りました。高品質な商品が強みとなり、それを活かし、正にこれから営業攻勢を掛け攻めようとされている。ここから、新たなステージに入ることは間違いないでしょう。

掲載企業からのコメント

取材をしていただきましてありがとうございました。改めて、客観的に当社のこれまでやってきたことを整理する良い機会になりました。2年前に50周年を無事迎えることができました。今後も慢心することなく、お客さまに支持される品質をさらに磨いていこうと想いを新たにしています。今後とも、何卒よろしくお願いいたします。

株式会社 茨城製砥
1968年 茨城製砥有限会社として資本金500万円にて設立
    レジノイド極薄切断砥石の製造販売を開始する
1983年 ダイヤモンド・CBN電着砥石の製造を開始する
1997年 株式会社茨城製砥に資本金1,000万円にて組織変更
2007年 常総市大生郷町に大生郷工場を竣工
2014年 野村郁夫 代表取締役に就任
2016年 品質マネジメントシステムISO9001を認証取得
2018年 創立50周年を迎える
創業年(設立年) 1968年
事業内容 レジノイド極薄切断砥石、ダイヤモンド・CBN電着工具 製造
所在地 茨城県常総市大塚戸町3145
資本金 1,000万円
従業員数 33名
会社URL

株式会社 茨城製砥