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昭和精工株式会社

未来を拓く「モノづくり文化」を求めて

昭和精工株式会社 代表取締役社長 木田 成人

昭和精工株式会社
創業者の木田正成(現相談役)氏がそれまでの自身の就労経験から、「皆が仲良く働ける会社を作ろう」そんな想いから、金型の製造会社として昭和精工株式会社の歴史は始まった。長い歴史を紡ぐ中で、2代目木田哲朗氏(現会長)、3代目木田成人氏と脈々とそのDNAを受け継ぎ、同社を発展させてきた。現在ではその技術力でビール缶のプルトップ成形ツールのシェアが40%を超え、携帯電話部品や自動車部品、生活関連部品等その活躍の幅を様々な業界に広げている。今後はさらに”100年企業、世界の顧客から信頼される企業”を目指していく木田社長に同社の魅力や、社長としての思いを伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質

自ら考え、自ら行動する

「全社員が自分で考えて、自発的に行動することができる」それが昭和精工の社風だと木田社長。同社の社風が形成されてきた背景には、創業から大切にしている考えがある。それは「仕事をする以上は顧客と常に対等であれ」という創業者である木田正成氏の考えである。顧客から発注を受け、製造し、提供をする。しかし同社は顧客に対してこちらの考えや意見を提案し、顧客と共に作り上げていく。顧客とそんな関係性であり続ける為には社員一人ひとりが自ら考え、自ら行動することが求められる。そんな自主性・自発性は顧客に対してだけなく、社内にもしっかり根付いている。「正直、今は社長がいなくても会社は回ります」と笑顔で語る木田社長。経営者のカリスマ性やリーダーシップで引っ張っていくトップダウン型の中小企業が大半の中で、同社では一人ひとりが考え、行動することで、トップや幹部に依存しない経営スタイルが確立されている。

顧客との強い信頼関係

同社の一番の強みは「顧客との強い信頼関係」である。その信頼関係が垣間見える一つとして、創業からの長い年月を超えても、同社の主要顧客がほとんど変化していないということ。そして、高度経済成長・バブル崩壊・リーマンショックなど様々な経済的な変化が起き、同社の競合と言われる会社も多数存在してきた中で、毎月発注を頂いている企業がなんと複数存在しているということ。そんな顧客との関係を構築してきたのも、経営理念である「お客様にビジネスパートナーとして信頼される企業になる」を社員一人ひとりが実践してきたからだ。顧客との信頼を築くため、期待を超えた仕事をする。そうして同社の社員は常に新しいことにチャレンジし続けてきた。同社では顧客満足度の調査を定期的に行っているが、「昭和精工とやって良かった」というような意見が非常に多いという。従業員一人ひとりの日々の努力が顧客との強い信頼関係を構築している。

100年企業を目指して

同社が目指すのは”100年企業”。先人達の努力によって、同社は半世紀以上の歴史を紡いできた。これをさらに継続し、発展させ100年企業を目指していく。その為に重要となるポイントが2つだと木田社長。まず1つ目は海外展開。今後の国内の人口減少、需要の減少に対応すべく、その時代の波に出遅れずスピーディーに海外展開をしていくこと。2つ目は人財育成。100年企業を実現する為にも、今後の会社を担う人財を育てていくことは会社としての至上命題だ。同社では継続的に人財を育成する為の仕組みを構築している。モノづくりの基礎教育から財務帳票の見方までをしっかり教える”新人教育”や、先程の海外展開に向けた語学力強化の為の”Yes We Canプロジェクト”、さらに幹部にはMOT(Management of Technology)を受講させ、経営的な目線を養っている。100年企業に向けて、盤石な体制が整いつつある同社の今後の展開が実に楽しみである。
構築された教育体制
社員全員の集合写真
長い歴史を紡ぐ社屋
長い歴史を紡ぐ社屋

今語られる木田社長の想い

―創業者の木田正成氏(現相談役)はどんな存在ですか

私の父である、木田相談役は飛び越えたい存在です。経営している中で、その偉大さを感じることも多々ありますし、超えられない大きな壁だと感じることもあります。しかし、いつかは超えたいという思いが強いです。父がこれだけやってきたのだから自分もできるといつも考えていますね。父の時代は高度経済成長期だったから上手くいったと思ってしまったら、そこから自分自身の成長はないと思っています。外部環境は別として、やはりここまで業績を伸ばしてきてこれほどの基盤を作り上げてきたの父のやり方を踏襲しつつ、自分は自分なりのやり方で周りと協力して、父を超えていけるように努力していきたいと思います。

―社長として嬉しい瞬間はいつですか

お客様から弊社の従業員に対する評価をいただけた時は嬉しいですね。弊社に対する評価ももちろん嬉しいですが、社長としては、従業員が評価され、お客様と良い関係を築いていることが嬉しいです。従業員とお客様が食事をする際に、日頃の従業員の仕事ぶりを評価していただき、逆に感謝されて従業員がお客様から食事をご馳走になったりすることもよくあります。そういった場面で従業員がお客様から信頼していただけていると思い、すごく誇りに感じます。感謝される経験は従業員自身を成長させる機会にもなりますので、これからもひたむきに仕事を頑張り、お客様との信頼関係を構築していってもらいたいと思います。

―改めて従業員の方へメッセージをお願いします

これからも働く皆さんが安心できる会社、そして100年企業を目指します。弊社が現在創業60年だとすると、創業100年企業となると40年先のことになります。40年というとすごく遠い先のように感じます。しかし新卒の社員は20代前半なので、40年後といえば、定年退職するかしないかというくらいの年齢です。つまりとても遠い先ではないのです。企業は入社をしてくれる皆さんの将来を預かっているので、自分は経営者として、この会社を100倍にするというよりも、より安定した昭和精工にしていきます。100年企業を目指して皆さんが安心して仕事ができる会社にしていきたいと思いますので、宜しくお願いします。
昭和精工株式会社 経営総務部 部長 熊谷 智也

社員のために、昭和精工をより良い会社へ

昭和精工株式会社 経営総務部 部長 熊谷 智也

金型業界では珍しく、設計から製造まで一貫して担う昭和精工。その中でも、今回取材をさせていただいた熊谷さんが担当する部署の業務は数多く、人事や経理、教育やインフラ整備等を担い、さらには経営の部分で、中期計画や人員配置等も担うなど木田社長の右腕として活躍しているという。その熊谷さんが入社したのは、約20年前。熊谷さんは入社後、2年目でリーダーを任され、その後製造管理部で活躍するなど、多くの経験を通し昭和精工を知り尽くしている人物。全体視点を持つ熊谷さんは、木田社長からの信頼はもちろん、社員からの信頼も厚い。今回はそんな熊谷さんに同社の良さ、そして社員への思いを伺った。

伝統の承継と挑戦の未来を担う社員の思い

長く働いていけると確信

当時の様子を伺うと「学生であった自分たちへの丁寧な対応や清潔感のある現場の状況に惹かれた」と話す熊谷さん。「昭和精工なら、長く働くことができる」と感じ、熊谷さんは入社を決意したという。出会いは、就職活動時、学校の先生の勧め。説明会では、明るくすっきりとしたレイアウトや清潔感のある同社の工場を見学。「人と機械の能力を最大に発揮するインフラが設備された工場」を目指し建設されたという同社の工場に、当時の熊谷さんは心奪われたのだ。また、工場の案内をしてくれた社員の方々が当時学生だった熊谷さんの話に親身になって耳を傾けてくれたこと、それが熊谷さんが同社に入社をする決め手になったという。実は同社の説明会は現在でもアンケートにおいて「今までにないくらい丁寧に工場案内をしてくれた」等、学生からの印象が好調である。工場・人それぞれに魅力溢れる同社に、ぜひ一度訪れてみていただきたい。

自ら育てた社員の活躍

「社員が活躍してくれることがやりがいですね」、そう話す熊谷さん。同社の強みの一つとして社員教育が挙げられる。同社では、入社して半年を教育期間とし、モノづくりの理論や測定の仕方から決算の見方までを現場社員のみならず、全ての新入社員にしっかりと教え込むという。その新入社員の教育を担っているのが、熊谷さんだ。採用するだけではなく、専門知識がない新入社員も教育期間を通しきちんと教え込むからこそ、活躍ができるフィールドにいち早く立つことができるのだ。配属されてすぐに数種類もの機械を使いこなす社員もいるというほどだ。また教育する側にもその効果は大きい。部下の教育を通じて、会社全体の視点を持つことができ、バランスを考えた行動ができるという。実際に入社4年目の社員は現場のリーダーを任され、世代の違う他のチームリーダーに劣らないほどの活躍しているという。活躍する社員が増え、同社がさらに飛躍していく。熊谷さんの教育が会社の未来へと繋がっていくのだ。

社員の家族も含め守りたい

社員と社員の家族を守っていくために昭和精工を継続させていくこと、これが熊谷さんの夢だ。経営企画に携わる熊谷さんの責任感は人一倍。入社して以来、ひたむきに仕事に取り組み、着実にキャリアアップをしてきた熊谷さん。ポジションが上がると共に、責任感も増していったという。その責任の重さを強く感じたきっかけは、社員の家族を招いた同社の60周年式典。「昭和精工はこんなに多くの人を支えているのか」と気を引き締めた熊谷さん。従業員の家族の姿を見る中で責任をより実感したという。また同社を継続していくために、BCP(事業継続計画)視点は欠かせない。天災が起こったとしても、同社の従業員、そして従業員の家族がみんなで引っ越してもらえる場所を確保するために、熊谷さんは工場をもう一つ持ちたいと考える。同社では、企業の継続だけではなく、従業員の平均年収一千万という大きな目標も掲げている。社員と社員の家族を守っていく、熊谷さんの感じるその責任感は日々の原動力だ。
細かいデータも見逃さない
細かいデータも見逃さない
受け継がれる技術
受け継がれる技術
細部へのこだわり
細部へのこだわり

熊谷さんから見た昭和精工。そして、若手について

―熊谷さんから見た木田社長はどんな方ですか

社長の木田は社員の話に耳を傾けてくれ、筋をきちんと通してくださいます。社長と一緒にお仕事をさせていただくことが多く、実は私から提案させてもらうことも多々あります。例えば以前、まだ若かった私が生産性向上のために新しく機械を導入したいと提案をしました。安い投資金額ではないですが、その際にしっかりと私の話を聞いてくれ、任せていただいたことが印象に残っています。加えて、社長から難しい指示があった際も、きちんと理由を説明すれば、じっくりと話を聞いていただけ、「できる状況になったら機会をみて、実行してくれ」と理解をしてくださいます。どのような場においてもしっかりと筋が通っている考え方をする方で、私自身も筋を通さなければと日々考えが磨かされます。

―熊谷さんが教育で大切にしていることを教えてください

私が教育で大切にしていることは、部下から提案されたことは1度経験をさせるということです。若手で好奇心のある社員は様々な提案をしてくれます。「展示会に行きたい」「パソコンの資格の勉強がしたい」などなど。もちろん、厳しいのではと思うこともあります。ですが、まだ経験が浅く、初めての段階で、なんでもかんでも正解を教えてあげることは若手社員の成長の妨げになる可能性もあります。実際に経験をして分かることはたくさんありますからね。経験して、その展示会での情報はどのように役に立ったのか、その資格は仕事においてどのように使えるのか、と自ら考えてもらう方が、より知識として身に付きます。そうやって経験をすることで、さらに成長してもらいたいと思っています。

―昭和精工の若手社員に向けてメッセージをお願いします

若手社員には、常に変化を求め、向上心を持ってもらいたいです。やるべきことをきちんとやり、現状をしっかり守っていくことも確かに大切ですが、それだけで満足することなく、日々変化し、上のポジションを目指してほしいです。弊社は年齢や社歴は関係なく、実力があれば、キャリアアップしていくことができる会社です。できる人、頑張る人はしっかりと見ているので、評価をされたら、若い方でも一つのチームのリーダーを担い、先輩方を一つに束ねることもあります。今はまだ分からないこともあるかと思いますが、日々変化し、挑戦し続けることを大切にし、まずリーダーそして部課長クラスも目指してほしいと考えています。

監修企業からのコメント

回初めて金型の企業様にお話をお伺いさせていただきました。社員様一人ひとりの能力の高さや お客様との関係性についてお話を伺い、とても勉強になりました。改革を続けてきた昭和精工。さらに社員が活躍し、挑戦していく同社の今後が楽しみです。

掲載企業からのコメント

今回の取材を通し、改めて当社、そして自分自身を振り返る良い機会となりました。 今後、100年企業を目指していきます。この記事を社員、そしてお客様にも見ていただき、 多くを理解していただけたらと思います。ありがとうございました。

昭和精工株式会社
1954年 昭和精工設立、塑性加工法の技術研究を開始。
       超硬合金を素材とし線、管、棒、
       引抜用ダイス、プラグを製作。
1966年 貴金属接点成型用超硬圧延ロールを製作。
1971年 ファインブランキング法の金型開発。
1975年 プレス成型用順送型、トランスファー型の開発。
1987年 M40型ロール成形機開発。
1990年 フロッピーディスク用ライナー抜型開発。
1995年 容器成形プレスラインの開発。
2006年 「全国の元気なモノ作り中小企業300社」の1社に選定される。
2007年 第2回ものづくり日本大賞優秀賞受賞
       戦略的基盤技術高度化支援事業の委託先に選定される。
2014年 創業60年を迎える
創業年(設立年) 1954年
事業内容 精密プレス金型、精密樹脂金型等、金型の設計製作、精密治工具、自動化機器専用機の開発、設計製作
所在地 神奈川県横浜市金沢区福浦1-4-2
資本金 8000万円
従業員数 84名
会社URL

昭和精工株式会社