株式会社共同
今回ご紹介する株式会社共同は、南九州に共同配送のネットワークを持つ熊本県屈指の運送・物流企業だ。同社の50年の歴史(事業、組織の進化)は地域社会の発展と密接につながっている。例えば1970年以前の天草市。天草五橋のない当時、同社の創業者(先々代)はフェリーボート事業に着手し、橋の開通後は、レストラン事業に乗り出すなど事業アイデアに長けていた。その後陸運事業が隆盛となると、2代目社長は家畜の運送を始め、その事業を独立させた。そしてそこから共同配送の仕組みづくりや物流センターの機能で組織を成長拡大させたのが3代目の現山下会長だ。本取材では同社の“地域に根付いたサービスによる事業成長”とそれを支える社員が“イキイキと働ける環境づくり”について紐解いていく。
“人間こそが生産力” 無限の進化を追求する3代目経営者
目的意識を持ってやりがい/働きがいを感じる会社へ
山下会長は「昔のことで言えば、イケイケのドライバーはいましたよ。でも私はとにかくその雰囲気を変えたかった」と当時を振り返る。その想いから、経営方針に「自ら学習し提案する/進化する組織となる」と掲げ、今では同社にはいわゆる運送会社にあるような荒々しい雰囲気は一切ない。「自分たちには当たり前になっていることでも、同業界の方からはびっくりされることが多いですね」と山下会長は語るように、長年時間をかけて山下会長が描くの企業の在り方を示したという。具体的には、事業の実態(損益など)を見せ社員にその意味合いを理解させた。そして“どうすればもっと自分たちの仕事に価値が出るか”を自分たちで考える習慣を根付かせることに時間をかけ“学習し、提案する”風土を定着させた。加えてこの土台をつくるために、同社では就職氷河期と言われた2007年から毎年4~5名の新卒学生の採用を徹底している。即戦力を求める物流業界としては稀なことだが“人間こそが生産力”と考える山下会長は、徹底した採用、教育を続け、現在では若手社員が会社の中核となりつつある。共⽣できる職場づくりが生産性を高める
“物流は商品”という考え方で、一人ひとりの生産性を高める体制づくりが同社の独自性だ。「皆が成長すれば会社が良くなる、成長するためにいろんなことをやっていった」と語る山下会長には、ある種失意の中で同社へ入社した経緯がある。学生時代、歴史への興味から考古学を志し遺跡の発掘など専門的な研究職を目指していたが、当時高度成長期のインフラ整備の関係で遺跡を撤去する事態が起こり、結果として考古学の夢を断念し会社を継いだ。しかし、そのおかげで当時の物流業界のありよう(矛盾や疑問)が客観性と透明感を持って良く見えたという。そこで、山下会長はその矛盾や疑問を解消するため、小倉昌男氏(当時ヤマト運輸代表)に師事し、寝る間も惜しんで学びながら自社の将来を考え続け“物流は商品”という視点で小口輸送、共同配送、物流センターの機能など仕事の範囲を広げた。そして拡大していく組織の基盤づくりにおいて着目したことは“健常者と障がい者が同じ職場で同じ作業をする”という独特の環境整備だ。このことは社員の現場改善意識を育て、結果として大きく生産性、品質の飛躍的に向上させた。これからの時代の企業の在り方
山下会長が未来に向け見据えていることは世界の食料問題だ。「キレイごとを言うつもりもないですが、食料自給率の低い日本でも大量の食料が廃棄されている現実があります。自分たちは物流・食肉加工の技術を生かし、地球全体で食の豊かさを実現する取り組みが重要だと思っています」と語る。そうして2021年6月「一般社団法人フードバンクママトコ」を設立し、食品関連企業などより寄贈された食品を、福祉施設や生活困窮者の支援団体に届ける活動を開始した。ここには山下会長独自の企業の在り方が表れている。「経営自体が利益を追求するものだとしても、トップ自身がオカネの呪縛に縛られてはならないと考えています」と語り、この視点があればこそ、地域や業界の中での信頼で事業が成長でき、社員も自主的に目標を考え、実行できるようになった。そして今、同社は創業50年を超え、世代交代の時期に来ている。世代が変わっても、常に時代に合わせ1つの事業に固執せず社会課題に対して柔軟な発想で対応していきたい、と結んだ。創業時の模様
橋ができる前は
フェリーが物流の要だった
社会づくりを目指して
視点で付加価値を最大化
組織が無限に進化する原動力とは
会社を受け継いだ当初の状態を教えてください
会社を継ぐ決意をしたのは、大学卒業後です。当時ありがたいことに親(2代目社長)は「好きなことをしていい」と言っていくれていたので、自分は考古学を勉強しました。卒業後も本格的に遺跡の発掘などを行っていましたが、残念なことに行政の決定で遺跡を撤去することになり、この道は断念しました・・・。正直挫折感もありましたが“挫折を貫く発展”と言うんでしょうか、その後、運送業務もやりながら寝る間もないくらい働き、その合間でビジネスを学び、将来に向けどんな価値を社会に提供すればよいか、ということを考える習慣を持ちましたね。そして、積極的に同業種の協会や勉強会に参加し“他社を見て自社を知る”ことで必要な取り組みがだんだん見えてきて、結果として今の組織になったという感じですね。“物流は商品”という気づきはどのように生まれましたか?
当社は早い段階で“物流は商品”という考え方を取り入れ、何をどのように流通させると価値が生まれるか、ということを考えてきました。ただモノを運べばよい、という考え方だと、移動の速さと運ぶトン数だけに注力し、働くドライバーの環境を無視することになります。働き方が変わっていく中で、どうすれば価値を高めることができるか、ということを考え、小口配送(宅配サービス)や共同配送という概念を持ちました。大手会社はすでに始めていましたが、私たちは家畜便として「一頭でも運びます!」とうたって、熊本地域と天草地域をつないでいました。同じようにチェーンストアマネジメントの手法も取り入れ、複数の物流センターとしての拠点を持ち、必要なものを、無駄なくスピーディーに配送することも可能になりました。このように多くの方に師事できたことは感謝ですね。採用において意識していることを教えてください
もう15年新卒(大卒)採用をやっていますが、選考という短い接点の中で、正直学生の良し悪しは分かりません(笑)、元気があるかどうかくらいですよね。ただ、学生に対して入社後のギャップが出ないようになるべくたくさん情報は発信しています。当社は熊本県の中でも都市部ではないので、学生を採ること自体も難しいのですが、新卒採用を開始したのがちょうど就職氷河期の中で、少し学生に関心を持ってもらうことができました。また、新卒採用とともに障がい者雇用にも力を入れていたのでそういった活動をテレビで取り上げていただいたことも後押しになりました。人が辞めずに成長するという点では、自分(経営者)から何かしたというよりは、とにかく商売の実態を正しく見せて、自分たちでいろいろ考える、という機会を作っていることが、結果としてやりがいにつながっているのだと思いますね。若手の成長は本当に頼もしく思います。“常識を疑え!” 父を師と学び未来を築く後継者
株式会社共同 代表取締役社長 山下海南子
今回話を聞いたのは、4代目として会社を受け継いだ山下社長だ。会長(前社長)の長女でありながら学生時代は別の道を志すも“経営者としての”父の話を聞く機会があり、一般採用枠で入社したという異色の経歴を持つ。その後営業、品質管理、食肉加工、採用など各部署の業務経験を積み、物流技術管理士の資格まで取得しているプロフェッショナルとなった。今、物流業界は法律改正やAI等の技術開発で大きく働き方が変ろうとしている。その中で求められることは変化への対応力だ。頼もしいことに山下社長には先輩社員に鍛えられ、育ち、将来の会社を一緒に支えてくれる仲間たちがいる。本取材では次世代の会社づくりに向けた、自身のビジョンや組織に対する思いを語っていただいた。伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
父を教師として
“人の役に立つことがしたい”という山下社長は入社前、地元の大学で法律を学び司法書士を志すも“本当に自分がやりたいことなのか?”という疑問を持ち続けていた。そんな中で偶然父である山下会長(当時社長)の講話(業界の趨勢、共同配送や徹底した品質管理など)を聞く機会があった。全く未知の業界ながら、父の言葉がいつの間にか“株式会社共同の経営者”の言葉として自然に理解できたという。それまで事業を継ぐ意志はなく、親も自由にして良いということだったが、いかに法律を勉強しても知識だけでは世の中の役に立てないと、改めて自社の事業の魅力を知り、一般採用として同社への入社を決意した。その後、父を教師として、営業や物流、管理等各部門の業務に携わり、その中で学んだことは“常識を疑え”だ。折しも、当時、社会全体で食品の偽装問題が浮上し、社会的信用を得る上でも、大多数の人が普通としていることを、本当にそうなのかとしっかり検証することが重要だ、ということを身に染みて学んだという。それは、同社の食肉加工事業において徹底した品質管理の基礎にもなり、サービス全体の質の向上につながっている。付加価値の高い仕事にワクワクすること
山下社長は“課題をクリアし仕事に付加価値をつける”ことがやりがいにつながっているという。業界のことを学べば学ぶほど、運送、物流の事業は奥が深い。ただ物品を運ぶだけなら、誰でも同じ価値の仕事になる。そこに“共同配送”や“F&Eシステム(多温度帯の一括物流)”さらに“時間帯シェア配送”など他社との差別化に向けた付加価値を作っている。この考え方を同社では“物流のインテリジェンス”と呼んでいる。人の仕事がAI化していく中で、さらに付加価値の高い仕事を生み出し、この姿勢が根付いていることで、同社には自分たちが目指すところへ自ら努力してわくわくしながらチャレンジする環境がある。家畜の運送という事業を経て食肉加工事業、そしてさらに食育につながる新事業へとどんどん付加価値を加え、魅力ある事業に昇華させて行く。そしてこれは熊本産の牛肉のPRになるとともに、食べる、買う、学ぶ、遊ぶ場の提供など、地域社会の活性化や雇用にもつながっており、同社の活動が社会から注目されている。世の中の課題に合わせた事業展開
人々の暮らしと提供する品々を円滑に結び付け、付加価値を高めること、そしてその事業を社員たちが考え、ビジネスとして成長させることが理想の組織イメージであり、山下社長の夢だ。「会長(父)は優しい人柄ですが、部分的にはトップダウン型ですし、存在としてはカリスマ性があると思います。これは自分にはできないことなので、次世代については、今以上に皆が自分たちの将来を考える組織にしたいですね」、山下社長は自社の将来イメージについてこう語る。これまで3代を経て、共同という会社は時代ごとに地域の社会課題と向き合い、必要とされることを価値として提供し成長してきた。そこには突飛な発想はなく、運送、物流、加工という技術を使って、地域の流通を商品として価値を高めてきた。今後、人の暮らしが変わっていくとともに、物流の在り方も変わってくる。宅配や通販事業は更に需要を増すだろう。そうした環境変化を自分と一緒に成長してきた社員とともにチャレンジしながらさらに成長していきたい、と力強く語った。を体験できるママトコキッチン
次世代をけん引
社会を目指して
立ち上げたフードバンクママトコ
業界の通説にとらわれない視点
歴代のトップ(曾祖父、祖父、父)から
学んだことはなんですか?
初代は、私が生まれて間もなく他界していて、覚えているのは2代目の祖父からになります。父に対しては厳しかったようですが、私にとっては孫に甘い“おじいちゃん”でした。将来私が結婚したら旦那に会社を継いでもらおう!と言っていましたが、私は幼心に「なんで男じゃなきゃダメなの?」と疑問に思った記憶があります。その後学生時代は司法書士を目指し法律を勉強しましたが、共同・・・父の事業を知り、“人の役に立ちたい”という考えは、自社の事業にこそあるのではないか、と思うようになり、縁故は関係なく一般採用で入社しました。入社後父からは、物流とは商品である、という考え方を学びました。運ぶものの品質管理など技術的なこともありますし、運送における下請け的なポジションからの自立の重要性など、事業の在り方も学びました。共同配送の拠点を持つというのはまさにその具現化の例ですね。ママトコキッチンの立ち上げについて教えてください
元々熊本というのは、有数の酪農県で、健康的な牛肉がたくさんあります。それをただ運ぶだけでなく、食肉加工を通じて安心安全な商品を提供したいという想いがありました。当時、食品の安全表示の偽装問題など、生産から食卓までのプロセスが見えない部分もあり、その課題に挑戦しようと、ミートセンターのすぐ隣に「ママトコ(ままと子)キッチン」を併設しました。食の安全もさることながら、“いのち”への感謝、そして“つくる”ことの楽しさも知ってほしいという思いが込められています。1号店のオープンの時にちょうど自分が出産時期で立ち会えなかったのが残念でしたが、社員たちが頑張ってスタートし、今事業が軌道に乗ってきているということでは、もう、任せられる状態なのかな、と思っています。ただ、食については、世界規模で見れば、廃棄問題など、まだまだできることがあり、そうした想いでフードバンクを立ち上げています。その中で、こういった事業では生鮮品がなかなか出回らないという課題がありますが、私たちは物流ノウハウを活かして解決していますね。創業50年を超え
これからどんな会社づくりをしていきますか?
社員一人ひとりが、自分たちの会社と思って、自分たちの将来を考える会社にしたいですね。これは経営者として無責任に言っているわけではなく、共同という会社が、目指す状態として“共生社会づくりに貢献し、社員の物心両面の幸せをめざす”を掲げています。そのために、運送、物流、加工技術を使ってどんな価値を生み出すか、それをどんな価値として提供するか、ということを社員一人ひとりが自分の意見を持って出し合っていきたいですね。運送業に関する制度や法律も変わって行きますし、私たちの暮らし、物流もどんどん変化していくと思います。そうした変化の中での課題に、しっかり対応できる会社でありたいと思っています。私は父と同じことはできませんが、私には経験豊富な先輩社員と、一緒に会社を成長させてきたたくさんの仲間がいます。このように世代ごとに、困難に対してもワクワクしながらチャレンジできる環境と、支え合う仲間がいる組織づくりこそが自分の役割だと思っています。 株式会社共同
1971年10月 共同運輸有限会社設立
1989年10月 本社移転(現在地:熊本県合志市)
1994年11月 日本コールドネット協議会(JCN)加盟
1995年12月 JCN熊本エリアセンター開設(第1次施設)
1996年 1月 F&E共配便スタート~一括受注による拡大
1999年 6月 共同運輸低温第1物流センター開設
2003年12月 株式会社共同運輸に組織変更
2004年12月 安全性優良事業所認定取得
2005年 5月 国際規格ISO9001:2000認証取得
2006年 4月 (社)全国障害者雇用事業所協会(全障協)入会
2009年 2月 松橋物流センター開設
2010年 障害者雇用優良企業認証取得
九州グリーン物流パートナーシップ推進協議会長表彰受賞
2011年3月 グリーン経営認証取得
2012年 株式会社共同に社名変更
熊本ミートセンター・菊池ロジスティックセンター開設
2015年5月 MamaToCo(旧まんまキッチン)オープン
2016年9月 障がい者雇用優良事業所 厚生労働大臣表彰 受賞
12月 熊本県リーディング育成企業 認定
2018年3月 ISO9001:2015 本社及び菊池事業所 認証取得
12月 経済産業省「地域未来牽引企業」 選定
2020年7月 熊本県リーディング企業 認定
2021年3月 もにす認定制度 取得
6月 フードバンクママトコ設立
11月 事業継続力強化計画 認定
2022年3月 ISO22000:2018 熊本ミートセンター 認証取得
10月 熊本県ブライト企業 認定
1989年10月 本社移転(現在地:熊本県合志市)
1994年11月 日本コールドネット協議会(JCN)加盟
1995年12月 JCN熊本エリアセンター開設(第1次施設)
1996年 1月 F&E共配便スタート~一括受注による拡大
1999年 6月 共同運輸低温第1物流センター開設
2003年12月 株式会社共同運輸に組織変更
2004年12月 安全性優良事業所認定取得
2005年 5月 国際規格ISO9001:2000認証取得
2006年 4月 (社)全国障害者雇用事業所協会(全障協)入会
2009年 2月 松橋物流センター開設
2010年 障害者雇用優良企業認証取得
九州グリーン物流パートナーシップ推進協議会長表彰受賞
2011年3月 グリーン経営認証取得
2012年 株式会社共同に社名変更
熊本ミートセンター・菊池ロジスティックセンター開設
2015年5月 MamaToCo(旧まんまキッチン)オープン
2016年9月 障がい者雇用優良事業所 厚生労働大臣表彰 受賞
12月 熊本県リーディング育成企業 認定
2018年3月 ISO9001:2015 本社及び菊池事業所 認証取得
12月 経済産業省「地域未来牽引企業」 選定
2020年7月 熊本県リーディング企業 認定
2021年3月 もにす認定制度 取得
6月 フードバンクママトコ設立
11月 事業継続力強化計画 認定
2022年3月 ISO22000:2018 熊本ミートセンター 認証取得
10月 熊本県ブライト企業 認定
創業年(設立年) | 1971年 |
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事業内容 | 一般貨物運送事業 商品管理事業 貨物運送取扱事業物流センター事業 石油製品販売事業 物流コンサルタント事業 共同配送事業 家畜運搬事業 食肉加工事業 レストラン事業 |
所在地 | 本社 熊本県合志市栄3766-24 TEL 096-248-1133 FAX 096-248-5880 |
資本金 | 1,000万円 |
従業員数 | 162名 |
会社URL |
監修企業からのコメント
この度は取材にご協力いただき誠にありがとうございました。
改めて、地域に寄り添い、地域とともに成長発展する企業の魅力とパワーに圧倒されております。
時代に合わせたサービス開発や社員の育成を通じて進化する共同さまの活躍を注目して参ります。
掲載企業からのコメント
取材を行う中で、改めて会社の歴史やこれまで大事にしてきたことを振り返りました。共生できる社会へますます役立っていければと思います。
今後の私たちの活動に関心を持っていただければ幸いです。