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株式会社オキナヤ

株式会社オキナヤ 代表取締役社長 藤間太郎

明治元年(1868年)に創業した株式会社オキナヤは、機械部品の商社および総合建設業として、地元熊谷に根差し、顧客から信頼を獲得し続けて150年の歴史を積み重ねてきた。そんな同社の事業の始まりはなんと米穀商。そこからオキナヤ鉄工所の設立、機械工具の営業部門の設立など、常に時代の変化に合わせ、様々な事業展開に挑戦し現在の総合商社、総合建設業の両輪で強い事業基盤を確立している。さらに同社は代々地域の発展にも寄与し、6代目である藤間社長も熊谷青年会議所の理事長や熊谷商工会議所の議員など、地域団代の活動に尽力している。今回の取材では、地域の発展とともに成長してきた同社が、今何を目指し、どんな挑戦をしているかなど、6代目社長の展望を伺った。

伝統の継承と、未来の挑戦を可能にする革新企業の本質

‟言いたいことが何でも言える”オープン社風

言いたいことが、良くも悪くも何でも言える。そんなオープンな雰囲気こそが、同社の社風であると藤間社長は語る。そして、その社風は、もともと根付いていたものではなく、6代目である藤間社長が入社した時から力強く推し進めたものだ。‟人と人のコミュニケーション”が大切にしている藤間社長は、社内での日常的な対話を活性化させるために、自ら積極的にアクションを起こした。それは普段から交流がある役員陣に限らず、自ら積極的に若手社員との飲み会の主催や拠点の異なるメンバー交流を図り、経営者と社員との距離を近づけていった。そんな藤間社長の努力が実り、今では部署間の垣根を越え、オープンなコミュニケーションが定着しつつある。そして、そんな藤間社長が新たに入社する仲間に求めるのは、‟人と人のコミュニケーションの大切さ”を感じ取れる人だという。『うちは個性的な社員が多い(笑)ので、それぞれの個性を受容し、ともに成長することが大切ですからね』と明るく語った。

機電と建設の二刀流からなる‟総合力”が強み

機電と建設の両事業部を1社で持っている‟総合力”こそがオキナヤの強みであり独自性だ。機電事業部で工場内の設備を提供し、建設事業部でお客様の工場をつくるといったサービスが可能な同社は、この二刀流でお客様へのワンストップソリューションが実現し、好景気に強い機電と、不景気に強い建設のバランスが事業の安定を支えている。しかし過去は、各事業がそれぞれ分業されていて、お互いの連携はなかった。そこで藤間社長は、会社全体でVISIONの中で事業の連携を明確に打ち出し、技術力とサービス力を掛け合わせた営業体制を築いた。こうして、幅広い課題解決力を持つ同社が、圧倒的な地域No.1企業として、お客様の「オキナヤにお願いしたい!」「オキナヤに相談しよう!」というお声をいただく流れがつくられている。

組織を動かせる人材を、更に増やしていく

今ある組織を更に、上へ上へ伸ばしていけるような、経営的な観点を持った人を増やしていきたいと、藤間社長は教えてくれた。同社では現在、様々な事業展開を行い、組織の可能性を広げている。そして、更なる成長を遂げるには、組織を先導して動かしていけるような、経営的な観点を持った人材が必要だと考える。目まぐるしく移り変わる時代の中で、事業はどうなっていくかわからない。そんな状況の中、たとえ社員が15人、20人になったとしても、生き残って10倍・20倍に膨れ上がることができる会社こそが、この先100年・200年生き残れると考えている藤間社長。そんな人材を育てていくために、更に教育に力を注いでいきたいという。現在同社では機電・建設事業の他に、介護事業も展開し、施設を4店舗構えている。更には海外への事業展開も見据え、構想を練っている同社。創業当初の果敢に挑戦するDNAを受け継ぎながら、人材育成の強化によって、更なる発展を目指している。藤間社長の挑戦は、まだまだ始まったばかりである。
電気エネルギーを
動力に変えるモーター
建設事業部で
竣工した橋梁
フルリニューアルを
行った自社工場

150年の伝統を大切に、地域の発展にも力を注いでいく

社長就任時の気持ちを教えてください

当社が150周年を迎えたタイミングで社長に就任しました。就任した時は、覚悟は決まっていたので、プレッシャーは特にありませんでした。むしろ「やってやるぞ!」という、会社を更に発展させていこうという前向きな気持ちでしたね。けれど、今でこそこのような発言をしていますが、実は学生時代はプレッシャーを感じていたんです(笑)。オキナヤは地元でも目立っていた会社だったので。けれど2005年に入社し、2019年に社長に就任した時は、今後はお客様と、‟会社の代表”として交流ができることがとても嬉しく感じました。150年続く伝統ある企業の代表として、これからもオキナヤをさらに発展させていきたいと思います。

オキナヤではどういった方が活躍されていますか?

素直に自分の仕事と向き合っている人が活躍していると思います。うちは会社の方針を、素直に受け止めて行動してくれれば、結果が出るような仕組みづくりを行っています。なので、変に斜に構えず、前向きに行動してほしいと思っていますし、それができる人が弊社では活躍してくれていますね。また弊社では、中途採用も積極的に行っているのですが、最近入社した仲間が、とても生き生きと仕事をして、活躍してくれているんですよ。それによって、長く弊社に貢献してくれている社員が、良い刺激を受けてくれたら良いなと思いますし、それぞれが個性を活かして活躍できるような環境も、積極的に整えていきたいと思います。

どのような想いで、地域貢献に取り組んでいるのですか?

地域貢献への取り組みは、宿命だと思っています。約80年前の1945年、弊社は一度熊谷空襲で全焼し、3代目が命を落すという出来事がありました。その時に、地域の人たちが私たちを助けてくれたんです。だからこそ、会社を再建することができました。そこで全て終わっていたら、少し大袈裟かもしれませんが、私が生まれることもなかったと思うんですよね。そして今社長として、熱心に働いてくれている社員達と、未来を語ることもできなかったと思います。なので、まだまだ恩返しできたと言うには足りないと思っているんです。今後もより地域に貢献できる会社を目指して、邁進して参りますので、弊社にご期待いただければ幸いです。

幼少期から見ていた オキナヤの看板を背負い 会社の未来を切り開いていく

株式会社オキナヤ 第1営業部 課長代理 佐々木侑平

新卒で株式会社オキナヤに入社し、現在入社10年目を迎える佐々木様。埼玉県熊谷市で育ち、幼い頃から同社について知っていたという。同社については、昔から熊谷で有名な‟地域に密着している会社”との印象が強かったという佐々木様。そんな同社に入社して早10年、今では機電事業部第1営業部の課長代理として、営業の第一線で活躍している。取材をさせていただいた中で、「やるからには、一番上を目指していきたい」と積極的な姿勢を見せてくれたことがとても印象的だ。そんな佐々木様に、機電事業部の営業職でのやりがいや会社の昔と今、そして今後の展望について伺った。

伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い

地元熊谷で、個性を発揮して働きたい

オキナヤと同様、埼玉県熊谷市出身の佐々木様。学生時代も埼玉の大学に通い、馴染みが深かった埼玉県での就職を決意した。そして最初のキャリアとして選んだ職種は、お客様の課題解決ができる営業職。数社の選考を重ね、最終的に内定を5社から獲得した。そして、そのうちの1社だったのがオキナヤだ。今後の自身のキャリアと照らし合わせ、真剣に考えた末、「埋もれることなく、個性を発揮できる環境がある」「幼い頃から馴染みがあり、自分の中の知名度が最も高い」この2つが決め手となって、新卒の会社として同社を選んだ佐々木様。実際に先輩社員3.4名と懇親会の中でざっくばらんに話した際も、全員が個性的でのびのびとしている様子から、自身の個性を発揮できる場があると確信したそうだ。幼い頃から知っていた、地元の代表企業に就職した佐々木様。入社から10年経った今、幼い頃見ていたオキナヤの看板を、今では自らが背負って第一線で活躍している。同社の次世代リーダーとして、今後の活躍に注目が集まっている。

‟お客様が考えているその先の提案”ができた時が、一番のやりがい

‟お客様が考えているその先の提案”ができた時に、強いやりがいを感じると、佐々木様は語る。機電事業部の営業の仕事は、お客様へ‟生産設備・機器の販売を通した課題解決である。そのため、製造会社が必要とする様々な生産設備・機器を取り扱い、課題のヒアリングから、商品の決定、アフターフォローまで全て一貫して行っている。ただ販売するのではなく、お客様からヒアリングした内容から、潜在ニーズを引き出し、様々な生産設備・機器をコーディネートし、提案する。その提案が刺さって感謝された時に、喜びとやりがいを感じるという。もちろん、初めから上手くいっていた訳ではない。そんな提案ができるようになったのは、入社5年目に入ってから。それまでは、お客様からいただいた依頼に対して提案する、といったように受け身な姿勢であったというが、商品知識や営業経験がついた、お客様が考えるその先の提案を先回りして行っている。佐々木様は今後も経験を重ね、多くのお客様の課題解決を行っていくのだろう。

部署の垣根を取っ払って、横の連携を深めていきたい

「2030年に向けて、会社の横の連携を更に強めていきたい」佐々木様は自身の夢について、このように教えてくれた。入社当初から、横の連携の弱さに課題を感じていた佐々木様。情報が個人商店化している風潮を改善していかねばならないと感じていた。そんな中、藤間社長の就任によって、会社の雰囲気は徐々に変化していく。藤間社長自らが積極的に社員とコミュニケーションを図ったり、社内プロジェクトの発足によりイベント開催が増えたことによって、社員同士の繋がりが増えてきた。自身のスキルアップに注力していた入社当初と比べ、役職に就き、会社全体に目を向けることが増えてきた佐々木様。自らの手で会社を変えていこうと、今では積極的に行動している。「今後は更に色々な人や部署と連携して、仕事を取りに行きたい」と語る佐々木様は、自分が知らない分野も積極的に挑戦して、やり方を教わりにいっている。2030年に向けて、更なる会社の変革に寄与してくれるに違いない。
省人化・省力化・自動化を
実現する産業用ロボット
様々な工事を手掛ける
建設事業部の鉄骨工場
オートメーション化を
行った生産ライン

工場1棟を、自社だけでつくりあげるトータル力が強み

藤間会長から藤間社長に変わり、変化したことを教えてください。

藤間会長は、圧倒的な実績と知名度がある方でした。町で会長の名前を出せば大抵分かってもらえますし、本当に熊谷の中心にいるような方なんです。けれど、熊谷の仕事もこなして多忙な中、朝4時に来て日報を確認し、案件の中身を把握して指示を出したり、会社を陰で支える存在のような印象でした。それに対して藤間社長は、新しいものへのチャレンジを積極的に行っている方です。多方面にビジネスチャンスを狙って新しい営業活動の手法を取り入れてますし、社内に対しては、DXツールの導入や仕事の合理化など、効率化を図る取り組みを実施しています。今後も弊社は伝統と実績を大切にしながら、未来を見据えた新しいチャレンジを行っていきます。

御社の強みと、今後について教えてください。

弊社だけで工場1棟建てられるのが、弊社の強みです。具体的に申しますと、建設事業部が工場を立てて、その中にある設備は機電事業部が手掛けることができます。普通であれば、工場1棟立てるのに、様々な協力会社を募らなくてはなりません。そこを自社だけで完結できるトータル力が強みかと思います。しかし、今はAIが急速に発展しています。単純な見積もり作業などで、AIを導入している会社も多いと思いますが、今後単純な仕事はどんどんAIに取られていくと思います。けれど、お客様先まで直接出向いて、信頼を構築することができるのは人間だけなので、AIに切り替えられない部分を今後更に注力していきたいと思います。

未来に向けて、今後のオキナヤにどんな人が来てほしいですか?

好奇心旺盛で、色んなことに興味を持てる人が来てくれたら嬉しいです。営業という仕事は、様々なお客様と関わりがあります。その中で初めて見るものや、知ることが沢山出てくると思いますので、そこに興味を持てる人がやはり成長していくと思います。あとは営業職ですので、人と関わることが好きな人ですかね。コミュニケーションの得意・不得意はそれぞれあると思いますが、苦手なものは入社後に伸ばしていけば大丈夫です。それよりも、人に興味を持つことができて、人と関係性を持つことが好きかどうか。ここが何よりも大切だと思います。自分も当てはまるな、と思った方がいらっしゃいましたら、是非一度いらしてみてください。一緒に働ける日が来るのを心待ちにしております。

監修企業からのコメント

この度は取材にご協力いただきまして誠にありがとうございました。150年もの歴史の中で築き上げられた伝統と、確かな実績を持ちながら、常に新たなことに挑戦されてきたオキナヤ様。また自社だけではなく、地元熊谷での活動にも精力的に行っている藤間社長のお話をお伺いし、地元熊谷から愛され続ける理由がわかりました。今後もオキナヤ様の更なる発展を期待して参ります。

掲載企業からのコメント

「オキナヤと関わるすべての人に心から喜んでいただきたい」これは、当社が創業より大切にしている想いです。この想いを胸に、更なる発展を目指し挑戦を続けてきました。今の弊社があるのは、そんな弊社を長きにわたってご支援下さる地元熊谷の皆様や、お客様、そして社員のおかげだと、今回の取材を通して改めて感じることができました。今後も、全力を尽くして参りますので、弊社の成長を見守っていただけますと幸いです。

株式会社オキナヤ
1868年 「翁屋」と号し、米穀商を開業
1904年 「翁屋」に精麦工場を開設
1933年 オキナヤ鉄工所を設立し、精麦、精麦機の製造から農機具製造、
      オキナ式石油発動機、旋盤、鉱山機械選鉱機など随次分野を拡大する
1945年 戦災により本社・工場とも焼失。鉄工所を再開し、随時復興に努める
1947年 有限会社オキナヤ鉄工所を設立し、農機具、揚水機、諸機械の製造と、
       鉄骨加工、井戸水道工事など建設事業を開設
1949年 営業部門を開設し、機械工具、電動機、ポンプなどの販売を開始
1957年 株式会社オキナヤに組織変更
1969年 本社、電機倉庫、鋼材倉庫を新築移転
1975年 建材センター開設(熊谷流通センター)
1982年 長野営業所を開設
1986年 首都圏営業所を開設
1990年 高崎営業所を開設
1993年 川本工場新築移転(川本春日丘工業団地)
2000年 熊谷本店新築移転
2003年 上之工場開設(熊谷ミニ工業団地)
2006年 東京営業所開設
2007年 エコアクション21取得
       ※埼玉県内、第1号 取得企業(認証・登録番号0001294)
2011年 熊谷本店を本社に登記変更
2011年 翁屋(上海)商貿有限公司を設立
2015年 首都圏営業所と東京営業所を集約し、さいたま支店を開設
2016年 ISO9001:2015
       認証番号(C2016-03553):国内における全ての事業所にて認証を取得
2018年 長野営業所を移転(同一市内)
2019年 代表取締役社長交代
       藤間 憲一社長、 代表取締役会長に就任
       藤間 太郎副社長、代表取締役社長に就任
創業年(設立年) 1968年
事業内容 機電事業部 1.生産設備・機器の販売
2.電機・電子機器及び部品の販売
3.諸機械の設計・製作
建設事業部
1.建設・土木・鉄骨
2.空調衛生の諸工事・建設資材の販売及び施工
3.住宅設備機器の販売及び施工
所在地 埼玉県熊谷市江南中央2-17-1
資本金 81百万円
従業員数 133名
会社URL

株式会社オキナヤ