株式会社栄屋製パン
代表取締役 梅田高嗣
栄屋製パンは、神奈川県海老名市に本社を置く100年以上の歴史を持つ企業である。学校給食用パンの製造を柱に、現在は醸造所を立ち上げ「パンの耳」を使ったクラフトビールの製造という新たな事業も展開している。そんな同社のルーツは1923年、曽祖父が横浜で和菓子店「早嘉栄屋」を創業したことから始まり、戦後の米軍需要や学校給食制度の拡大を機に、和菓子からパン製造へと舵を切った。1955年には現在の本業となる学校給食事業へ参入した。これらの歴史を受け継ぐのが5代目の梅田高嗣社長である。高嗣氏は国会議員の政策秘書という異業種から、先代である父の急逝を機に入社。当初、社内業務未経験の中での入社に強い懸念を抱えていた。しかし創業から守ってきた“人々の食を支える”という使命を背負う決意を固め現在に至る。そんな高嗣氏に、伝統を継承しながら進化を続ける同社の取り組みや、未来の展望について伺った。
伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
社員の成長を尊重する温かな文化
栄屋製パンの社風は「各々が適材適所で力を発揮し、新たなものを生み出す姿勢を後押しする」ことにある。先代社長の時代は圧倒的なリーダーシップで、会社をけん引していた。これに対して現社長の高嗣氏は、自身には父のようなリーダーシップもパンづくりの技術も持っていない、しかし社員一人ひとりの自主性を尊重し、自分たちで価値を創造していく、そんな発想が育まれるような環境づくりへの強い思いは持っていると語る。その象徴が、社員発案で生まれた工場隣接の小さな売店や、市と連携して実現した子ども向けパン教室である。社内から湧き上がる「やってみたい」という声を尊重し、必要な場と機会を整えることで、自然と新たな事業が芽吹いていく。こうした文化が加速し、パンの耳を活用したクラフトビールづくりという新たな柱となる新規事業も誕生した。この取り組みは、廃棄物を価値ある商品の原材料へと転換させることで、職人たちの努力と食材を無駄にしない姿勢を体現するものであり、時代に沿った未来志向のビジネスと言えよう。
「技術と安定供給」を貫く企業の矜持
職人たちが持つパンづくりの技術力と、給食によって「成長を支えている」という強い使命感が同社の独自性だと語る。その背景には、給食事業を通じて“食を支える”という責任を背負ってきた歴史が起因している。給食に限らず、食べる人が待っている以上、決して供給を止めてはならないという想いが社内に深く根付き、同社の「背骨」となっている。その姿勢は日常の業務にも表れている。例えば、ある地域の給食が様々な事情で届けられなくなるため、何とか対応してほしいという相談が来た際、たとえ離れているエリアであっても社員たちは「どうしたら届けられるか」を最優先に考えているのだ。実現へ向けて全員で知恵を絞る姿勢は、押しつけられたものではなく、気づけば自然と社内文化として根づいていたという。パン職人の高い技術力と安定供給、その両輪が、同社の製品と信頼を支え続けている。特別なことをしている自覚は本人たちにはないと梅田社長は話すが、「当たり前を積み重ねる力」は大きな強みとなっている。
社員とともに創る“次のステージ”
梅田社長が展望に掲げているのは「新しい工場をつくること」である。これは事業拡張に向けての設備投資という意味ではなく、社員たちの負荷が少なく、より働きやすい環境を整えたいという想いから出たものだ。長年、職人たちは古い設備を使いながら品質を守り、安定供給を行うことを懸命に行ってきた。その労働負荷を軽減し、より効率的に高い品質の製品を届けられる体制を整えることが社長の責務であると考えている。その根底にあるのは、待ってくれている人たちの元へ届けきるという強い使命感である。原料の高騰を踏まえた価格の改定や新商品の開発もありつつも、何より優先されるのは「絶対に届けきる」ことであると語る。この姿勢は創業期から脈々と受け継がれてきた「地域を飢えさせない」という同社が守り続けてきた「DNA」である。新工場の構想は、その使命を未来へ継承するための“器づくり”であり、高嗣氏自身が人生を懸けて成し遂げたい挑戦でもある。



学校給食を通じ地域を支える「使命」と「想い」
届けきるという思いの起源を教えてください
戦後、米不足のため、政府からの配給物資が小麦で、皆うどんや、すいとんばかり食べていたという時代がありました。ある時、何気なく観ていた朝のドラマの中で、町のパン屋さんが小麦を預かり、パンにして返していたというシーンを観て、以前聞いていた「なぜ私たちがパンをつくり始めたのか」という話と合致しました。私の祖父も同じ思いでパンの技術を学び、和菓子屋からパンづくりへ転じ、人々に少しでも美味しく、力になる食べ物を届けようとしたということを改めて実感し、私自身も「届け切る」という今の使命が、弊社が大切に受け継いできたDNAなのだと腹落ちしました。困っている人に食を届けるという創業の精神を、これからも途切れさせずに守り続けていきたいと思っています。
どのようなことを大切にしていますか?
私が大切にしているのは、社員の「やりたい」を実現させてあげることです。その理由は、挑戦そのものが社員の成長につながり、その力が会社の力に直結すると考えているからです。社員が思いついたことに対して、私はまず「やってみたらいい」と背中を押します。たとえうまくいかなくても、それが失敗にならないよう全力で応援し、必要であれば一緒に修正すれば良いだけです。実際にパン教室の企画も、ノウハウのない状態から始まりましたが、挑戦したことで子どもたちの笑顔や地域とのつながりが生まれ、結果として社会貢献にも広がりました。小さな一歩でも、社員の思いが形になることで周囲に良い影響が派生していく。そのプロセスを支えられることが、私自身の大きなやりがいになっています。
より強化していきたいポイントは何ですか?
いま私が最も強化したいのは、社員と一緒に会社の未来を構想していける関係づくりです。これまで私自身、社内に想いを落とし切って、一緒に構想するところまで残念ながら行けていないと思っています。しかし日々の対話を重ねる中で、お互いの“顔が見える”関係には確実になってきました。だからこそ、もっと彼らが考えていることを分かりたいと思っています。もう一つは、社員たちが自律的に行動し、ミッションを達成していくようにしていくことです。取り組みとして、若手にも主任という役職を設け、責任と役割を明確にしました。結果、主体性が育ち、指示待ちだった社員が自ら課題を見つけ、提案を添えて報告してくれる場面が増えています。対話と挑戦の積み重ねを通じて、社員と共に未来を描ける組織へ成長させていきたいと考えています。
新たな道を創出する栄屋製パンの舵取り役
株式会社栄屋製パン
専務取締役 吉岡謙一
栄屋製パンが未来に向けて強化しているポイントは、既存事業の枠を超えて新たな価値を生み出す取り組みの創出である。その中心にいるのが、栄屋製パンの現社長、高嗣氏の親族で3代目 敏社長の息子である専務の吉岡謙一氏だ。吉岡専務は会社の中長期戦略の立案を担い、将来像を描いたうえで必要な仕組みや事業をゼロから組み上げを行っている。現在、同社の象徴的な挑戦となった「パンの耳を活かしたクラフトビール事業・Better life with upcycle」は、吉岡専務が構想し立ち上げたプロジェクトであり、未経験の領域を自ら設計し具現化した実例である。こうした新規事業の創出だけでなく、既存のリソースを活かしながら更なる価値を生み出している。今回は吉岡専務の仕事観や挑戦の源泉について話を伺った。
伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
紆余曲折から固まった「覚悟」
吉岡専務が栄屋製パンへ入社した理由は「家業に自分の力で向き合う覚悟が固まった」からである。若い頃はアパレル業界で働きながら音楽活動に打ち込み、プロのミュージシャンとしての道を真剣に目指していた。しかし音楽という狭き門で活躍するプロのミュージシャンが持つ突出した才能を目の当たりにするなかで、自身がその道で生き抜くには力が及ばないと痛感したという。そうした折に結婚という節目を迎え、大切なパートナーを守っていく責任と向き合い、腰を据えて働こうという決意が固まり、音楽の道を断念した。そうした背景のもと、父である3代目社長に「どんな仕事でもやるので働かせてほしい」と自ら申し出て入社を懇願したのである。入社後はパンづくりの基礎から学び、製造現場での業務に従事しながら会社に貢献する道を歩み始めた。この決断は、迷いの多かった過去から自身の原点を見つめ直し、一族が築いてきた歴史を守り、新たな可能性を拓く一歩となったのである。
未知の領域を切り開く楽しさ
未知の領域に踏み込み、新たな挑戦から学び続けられる環境こそが、仕事の大きな価値であると吉岡専務は語る。醸造所の立ち上げや情報発信の仕組みづくりなど、これまで社内に存在しなかった機能をゼロから設計していくプロセスは、今まで知らなかった領域の知識や技術に出会う連続であり、その積み重ねが自身の成長を大きく後押ししてきたという。特に、外部の専門家や行政、若手クリエイターなど多様な人々と協働するなかで、未知の分野に触れながら事業の可能性を広げていく過程は、常に大きな刺激となっている。また、目の前の課題解決に留まらず、中長期的に会社がどうあるべきかを描き、その未来を実現する仕組みをつくり上げていくことにも大きなやりがいを感じているという。50代を迎えた今、経験と視野がより豊かになったことで挑戦の幅はさらに広がり、その挑戦が会社の未来へ確かな道筋をつくるという実感を得られている。新しい世界へ踏み出し続け、そこから学び、価値を創造することこそが、吉岡専務が仕事に見出す最大のやりがいなのである。
アップサイクルで価値を再生する
吉岡専務が描く未来は、現場で働く人がより良い待遇で働ける環境づくりにある。自身の報酬よりも、まずは挑戦を続ける仲間の生活や処遇を良くしたいという思いが原動力になっている。そのためにも、つくった商品をより多くの人に届け、日常の中で「美味しい」「楽しい」と感じてもらえる価値を増やしていきたいと語る。価値を増やすということは “物をつくること” がゴールではなく、製品を手に取った人が口にした時「何を感じ、心にどんな余韻を残せるか」そこまでが自分たちの仕事であり、価値だと定義している。また、吉岡専務が手掛けるアップサイクル事業は、サンドイッチをつくる際、不要となるパンの耳を使ったクラフトビールを製造している。パンの耳は、職人たちが苦労してつくった「商品の一部」であり、その商品を廃棄ではなく活用することで「もう一度ストーリーが始まる」のである。その価値観は今後の同社の大きな柱となっていくであろう。



「Better life with upcycle」
未経験分野を切り拓く仕事術
クラフトビールの事業はどのようにして始めましたか?
コロナ渦の時、給食も百貨店も全部止まって、前年比90パーセント減という状況になりました。今まで中小企業は「得意なことで勝負しろ」と、ずっと思っていたんですが、大きなパラダイムシフトが起きると一気に崩れてしまうんだということを痛感しました。そこで、収益の柱の分散の必要性を強く感じ、その中で何をしようと考えた時、原点はパンという“手段”でお客さんに喜びを届けてきたのだとしたら、その手段は「パンじゃなくてもいいのじゃないか」という答えに辿り着きました。弊社には歴史も技術もありますが、変革にはすごく保守的な文化もある。だから私が新しいテーマを会社に持ち込む役割だと思っています。私自身、以前大病を患い、いつどうなるかわからないという経験から「やりたいことはすぐやらないと」と、強く思うようになり、その中で“お客様に想いを届けられる別の表現”としてクラフトビールに挑戦しました。
仕事をするうえで、どのようなことを意識していますか?
世の中では、50代後半に差し掛かると“クロージング”を考えて、“安全運転で”という空気を出す人が増えてきます。しかし、私はそれを本気で「もったいない」と思っています。40代まで必死で積み上げてきた経験、知識、人脈を1番有効活用できるのは、むしろ50代からだと感じています。30代で起業して新しいことを始めるよりもはるかに成功確率は高く、収穫を得やすいだけの知識、技術を持っていると思います。にもかかわらず、そこで力を抜いてしまうのは、自分の可能性を自ら放棄しているようにも思います。だからこそ私は、今こそ攻め続けるべきだと考えています。これからの年代を、衰える時期と見るのか、成熟した武器を解き放つタイミングと見るのかで、仕事の景色は大きく変わります。私は後者を選び、積み重ねてきたすべてを最大限に活かしながら、これからも前に進み続けたいと考えています。
アップサイクルについての思い、今後の展開について教えてください
私は「終わった素材にもう一度手を加えると新しいストーリーが始まる」というアップサイクルのスキームに面白さを感じています。現在、アップサイクルのニーズや関心が高まり、アプローチしている方もたくさんいます。しかし発信力があまりない状態なのです。そこで今後、欲する人が集まる、食べ物だけじゃなく、皿や和服だったり、そんなプラットフォームのような場所をつくりたいと思っています。これが正解でなくても良く、選んでくれる人にとって良ければそれでいい、そんな思いを「Better life with upcycle」というブランド名に込めました。現在はクラフトビールの醸造体制が整い、全国の協力企業からの支援も得ながら、小売向け卸商社との契約やスーパーでの展開も順調に進んでいます。アップサイクルを通じて、世の中に新しいストーリーがもう一度動き出す瞬間を増やしていきたいと考えています。
創業年(設立年)
1923年
事業内容
学校給食用パン、米飯・業務用パンの製造、クラフトビールの製造・販売
所在地
神奈川県海老名市国分南2-5-41
資本金
2400万円
従業員
105名
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