株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)
日本の地域の食文化を守る「バタフライエフェクト」を起こし続ける

株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)

代表取締役 岩崎毅

株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)は、1932年創業の食品サンプル業界のパイオニアである。その魅力は「各地の食文化に直接貢献することが出来る数少ない会社」にある。現在、同社の食品サンプルは飲食店やお土産店の販促ツールは元より、農業や医療、食育の分野にも応用されている。また、2025年の大阪・関西万博では、単なる商品見本ではなく、超再現技術により食の尊さを可視化する取り組みも展開している。そんな同社は現在4代目岩崎 毅氏が手腕を振るっている。同氏は大学在学中にアメリカに留学。その経験から食の大切さ、そして日本の食文化を裏で支える食品サンプルという文化に誇りを感じているという。そんな同社から、現在の取り組み、そして未来の展望などを伺った。

伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質

人を想う心が溢れる会社

同社の社風は、人とのつながりを大切にする風土が自然と根付いていることである。その理由は、社長自身の姿勢が日々の行動に表れているからである。例えば、社長就任以来、全社員の誕生日にはメッセージと共に食事券を贈ることを欠かさずに行っていたり、またある時は介護など家庭の事情に悩む社員にも時間を割いて個別に相談にのったりしている。こうした行動について岩崎社長は「聞いたら放っておけないんだよね」と語る。そんな想いが社員に伝わり会社の空気をつくっているのであろう。来社したお客様から何も話していないのに「優しい会社ですね」と言われることも多いという。「個人の成長なくして会社の成長なし」という信念のもと、同社では受注、生産、納品まで全てに人が関わっており、単なる効率では動かせない仕事がそこにある。人の思いが要となるからこそ、互いを思いやる風土が自然と育まれているのである。

共存共栄と食文化継承

同社の独自性は、大きく2つある。一つ目はお客様との共存共栄を図り、創業当初(昭和初期)から「貸付け」という形式を取り入れていたことである。それは職人が一つひとつ手づくりで製作する食品サンプルは決して安いものではないため、導入するにはお店の費用負担が大きくなる。そのことを考え「販売」と「貸出し」の両方を行っていたのである。加えて身近な存在として、各地にあった販売促進ツールも提供できる体制も整えていた。そのことで顧客とWin-Winの関係を築いてきたのである。二つ目は食品サンプル通じて食文化の多様性と豊かさを守ろうという姿勢である。それは各地ある多様な食品や料理を食品サンプルで表現し、ユニバーサルデザインとして、老男若女・外国人に至るまで、その魅力を視覚的に伝える役割を担い続けている。合理化が進む食の世界において、食品サンプルを単なる見本としてではなく、文化的な媒介として実践しているのである。

食の尊さを発信していく使命

同社は今後、食品サンプルを通じて「食文化の継承と発信」に注力していく考えである。なぜなら、食は人間の営みに欠かせない根幹でありながら、そのありがたみは日常の中で忘れられがちになっているからである。その一環として現在開催中の大阪万博内「シグネーチャーパビリオン」の「食を通じて命を考える」をテーマにしたEARTH・MART館にサプライヤーとして協賛している。その内容は「様々な命をいただきながら、現在の我々があるが、今後の世界の食事情を鑑み、食品サンプルで多様な食を表現し、具体的に未来の食を共に感じる」ことにより「いただきます」や「ごちそうさま」といった言葉の背景にある日本独自の食に対する感謝や文化などを、改めて感じてもらう思いがある。将来的には食の尊さを再認識させる教育的ツールとしての展開や、海外での文化発信も視野に入れている。食品サンプルを通じた文化的貢献こそが、同社が目指す新たな未来である。

日本の食文化を「裏」で支える

食品サンプルという文化が生まれた背景について教えてください。

食品サンプルという文化が生まれた背景には、時代の大きな変化がありました。明治以降、洋食や中華など、様々な食文化が日本に入ってきましたが、当時、洋食は一部の上流階級の人達のもので、ビーフシチューやカレーライスなどは一般大衆には馴染みがないものでした。昭和に入り、やっと洋食が大衆化していったなかで創業者「岩崎瀧三」が、当時ロウで食品サンプルをつくり、新しい食文化を目で伝え浸透させていきました。伝説として残っている話で、タンメンを広めるために東京でサンプルをつくり、そのサンプルをもって地方都市を自ら回って伝えていったと聞いています。そこから瀧三は、レストラン向けのサンプルだけに特化した販売方針を打ち出していき、今の食品サンプル文化の礎を築いていきました。

今後の海外展開について、どのような構想をお持ちですか?

今後の海外展開については、ある程度時間が必要だと感じています。実はある国で食品サンプルの前にプライスカードを置いたら、そのサンプルの値段だと勘違いされたことがありました。日本では食品サンプルに値札があったら、料理の値段だと理解してくれますが海外はそうではない。この体験を通して、当たり前と思っていた文化が、実はまだ浸透していないということに気づかされました。そのためにはまずはニューヨークなど感度の高い都市で一つのインパクトを与える。その波がやがて東南アジアや他の地域にも伝播していくという「バタフライエフェクト」の発想です。そのためにもまずはアメリカ、ヨーロッパ方面で一つの形をつくり、アジアに広める。その実績が「日本発」の文化として浸透すればと考えています。

食品サンプルが今後担っていく役割はなんだと思いますか?

食品サンプルは、もっと文化や教育に貢献できる存在になっていくと思っています。なぜかと言えば、和食文化というのは本来、地域ごと多種多様なものでした。それが今、合理性の名のもとに一つの味に均一化されつつあるような気がしています。日本はこれからもっとお金がなくなり、合理的な食に移行してしまう。合理的な食とは行き着くところは単なる栄養の補給になってしまうと思っています。これはアメリカにいた時「食べることを卑しくしていくと、人間はどんどん卑しくなっていく」ということを実感する体験からきています。そのことからも、私は食品サンプルを通して「食の多様性を守る抵抗勢力」でありたいと思っています。食品サンプルは単なる模型ではなく、食の大切さ、そして命の価値を視覚で伝えるメディアだと思っています。

食品サンプルを日本の文化として根付かせていく

食品サンプルを日本の文化として根付かせていく

株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)

岩崎総合研究所 次長 花木嘉信

入社歴35年の花木次長の経歴は、同社の業務を委託製造する工房を叔父が営んでおり、その手伝いがきっかけとなって、この業界のキャリアをスタートした。学生時代の夏休み「手伝ってほしい」と叔父から頼まれ、特に考えずに承諾した。幼いころからものづくりが好きだったということもあり、次第に食品サンプルづくりに興味が湧き、学校を卒業と共に叔父の工房に入社し、日々食品サンプル製作の技術を磨いていた。ある時、岐阜工場(岩崎総合研究所)への研修の提案を受け参加。最初はあまり気が乗らなかったそうだが、多くの職人の技術に触れ、もっと学びたいという想いが芽生え、そこから改めて食品サンプル職人としての本格的な修行が始まった。そんな花木次長に同社で働くやりがいや今後の夢について伺った。

伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い

職人たちがもつ「それぞれの技術」

花木次長が入社を決意した理由は、多様な人々との協働を通じて技術を学び、成長できる環境に魅力を感じたからである。中学生の頃、叔父が食品サンプル製作の工房を営んでいたため、夏休みには手伝いに行っていたという。その経験を通じて、ものづくりの楽しさを知った花木次長は学校を卒業後、叔父のもとで働き始めた。入社してからは叔父と二人三脚で食品サンプル製作を行い、技術を習得していった。やがて同社の方から岐阜工場への研修の誘いの声をかけてもらい、より高いレベルの食品サンプル製作技術を学ぶ機会を得た。研修では多くの先輩たちの技術や考え方に触れ、大きな刺激や学びを得たことにより、製作技術が上がり、より高いレベルでの技術を習得していった。その結果、岐阜工場での勤務を続けることを決意したのである。そこから努力を重ね、アルバイト、パート、準社員、そして正社員という、現在の雇用形態にはない形でキャリアアップしていったのである。

自己満足からお客様満足へ

花木次長のやりがいは、自らが手がけた食品サンプルが人の心を動かし、行動する場面に立ち会えることにある。入社してサンプル製造の技術を習得してからは、同期の仲間と競い、より多くの製品をつくることで達成感を得ていたが、徐々に自分がつくった食品サンプルがどのように飾られ、そしてそのサンプルにお客様がどんな反応を示すのかが気になっていった。そこから自身の休日に、自分が手掛けた食品サンプルを納品した店を訪れるようになった。そこでお客様が「おいしそう」と笑顔を見せ入店する光景に出会い、自分の仕事が多くの人の行動や喜びにつながっていると実感した。現在では、東京出張の際には自社店舗やスカイツリーの麓にある商業施設、東京ソラマチにある「元祖食品サンプル屋」などを訪れ、インバウンドのお客様や学生がサンプル製作体験を楽しむ姿を見ることが新たなやりがいとなっている。この実感こそが、仕事の意味と価値を感じさせてくれるのである。

日本の文化として世界に認知される

花木次長の夢は、食品サンプルを「日本文化の一部」として当たり前に認知されるように海外に広めることである。国内市場は飲食業界への普及がメインで、その規模にはある程度限りがあるため、企業として持続的に成長していくには新たな活路が必要である。現在ではSNSやスマートフォンの普及により、食べたい料理などは検索すればすぐに可視化できるようになり、食品サンプルはメニューとしての主役からは少し離れている感がある。しかし一方で、海外では食品サンプルがまだ広く知られておらず、海外からの観光客などには「これは何だ」と驚かれることが多い。その未知性こそが大きなチャンスであり、日本の精巧なものづくりの精神や技術、そしてなにより美的感性が注目される大きな可能性を秘めている。例えば、和食やアニメのように、食品サンプルも「日本の象徴」のひとつとして定着すれば世界に誇る文化となるだろう。花木次長は、そうした未来を本気で目指している。

日本が誇る文化として、世界へ発信

食品サンプルを製作する上で大切にしていることは何ですか?

食品サンプルづくりで私が大切にしているのは、リアルにつくるのではなく「いかに美味しそうに見えるか」という感覚です。なぜなら食品サンプルは実物を忠実に再現することが目的ではなく、見る人が食べたくなることが重要だからです。そのためには“シズル感”など「奥行きのある」表現で人の食欲を刺激することが求められます。たとえば、焦げ目ひとつとっても、本物通りの黒では「焦げた料理」に見えてしまうので、あえてブラウン系に調整して見た目を整えることもあります。そのためには一遍通りの塗り方ではなく、少しずつでもやり方を変えていくことで、これだというものが見えてきます。正解が一つではない中で、常により良い表現を追い求める。それがこの仕事の魅力であり、私のこだわりでもあります。

花木次長の目標はなんですか?

食品サンプルが日本発の文化として当たり前に海外に認知されることです。なぜなら、まだ世界では食品サンプルの魅力が十分に伝わっていないからです。実際、海外では食品サンプルを見ても「これが料理の模型だ」と認識されないことが多く、文化として浸透していないのが現状です。だからこそ、ただ商品を売るのではなく実際につくってみるという“体験”を通じて「モノづくりの面白さを伝えていくこと」が重要だと考えています。例えば、私が子供の頃で言えば、一度はプラモデルをつくった経験があったり、工作をしたりというように、日常に溶け込んでくれたらと思っています。そのことが日本発の文化として「アニメ、天ぷら」そして「食品サンプル」と当たり前のように認知される。それが目標です。

食品サンプルを通じて、発信していきたいことは何ですか?

食品サンプルを通じて伝えたいのは、「日本の手仕事の面白さと奥深さ」です。私は今、自社で販売している体験キットに関わっているのですが、自分の手でつくることで、初めてわかる楽しさや驚きがあります。例えば指先で感じる温かさや素材感など五感を通じ、思いを込めた「ものづくり」の素晴らしさを伝えています。実際、浅草合羽橋や東京ソラマチの店舗で、修学旅行生や海外からお越しの観光客が目を輝かせながらとても楽しそうにサンプルづくり体験をしている様子を見て「もっと多くの人にこの魅力を知ってもらいたい」と改めて感じました。自分でつくる楽しさを入り口に、食品サンプルという文化がもっと広まり、次の世代にも受け継がれていくことを願っています。

監修企業からのコメント

コメント

この度は、ご取材にご協力いただき、誠にありがとうございます。食品サンプルを通じて貴社が大切にしている「日本の食を裏で支える」という強い決意と取組みに深い感銘を受けました。これからも「食の多様性を守る」抵抗勢力であり続けることを応援して参ります。

掲載企業からのコメント

コメント
この度は、取材をいただきありがとうございます。取材を通して、和食文化を守っていくという弊社の想いを発信することで、改めて自分たちが大切にしていることが再確認できました。これからも、食品サンプルが担っていく領域を広げるべく精進してまいります。
株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)

創業年(設立年)

1932年

事業内容

食品サンプル及び一般模型の製造・販売・貸付

所在地

東京都大田区西蒲田8-1-11

資本金

9,500万円

従業員

350名

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