浅野撚糸株式会社
代表取締役社長 浅野雅己
今回取材させていただいた浅野撚糸株式会社は、「撚糸」という細かな繊維をより合わせて1本の糸にする工程を主力としている。1967年に岐阜で創業した当時、高度経済成長の追い風を受けて活況を呈していたが、1990年代以降、海外から安価な製品が次々と流入し、国内の撚糸業者の多くは廃業を余儀なくされていた。そんな危機的状況の中、1995年に2代目社長として浅野雅己氏が就任。撚糸の新たな可能性を追求し、高い吸水性とやわらかさで多くの支持を集める、「SUPER ZERO®」を独自開発した。さらに、2019年には、東日本大震災の復興のため、福島県双葉町に新たな拠点開設を計画。4年後には、撚糸の製造だけでなく、地域のコミュニティの場として「フタバスーパーゼロミル」が誕生した。撚糸を通じて、協力会社や行政、双葉町の人々と連携しながら、社員やお客様の喜びのために挑戦を続けている同社。今回は、浅野社長から、躍進のきっかけや見据える未来について伺った。
伝統の継承と、未来への挑戦を可能にする革新企業の本質
自分たちの手で会社と未来を創る風土
同社の社風は、自分たちの手で会社を進化させることだ。この背景には浅野社長の「世界一稼げる町工場」を目指すという想いがある。そして、この想いには、双葉町で活躍する若手社員中心の積極的な挑戦と、岐阜本社で支えるベテラン社員中心の確かな土台づくりによって支えられている。
実際、同社の双葉町工場ではアメーバ経営を行っており、二十歳前後の社員が財務諸表を見たり、月次決算に基づいて各部署の収支を発表したりするなど、自主的な経営参加が進んでいる。また、復興大臣等が視察に来た際にも、若手が中心となって質疑応答を行っているというから驚きだ。震災を経験した地元の若者にとって、同社で働くことは、地元に残りながら復興に貢献できる手段であり、その選択自体が復興の一歩となっているのだ。同社の社風には、若手の挑戦を後押しし、ベテランが陰で支える家族のような体制を大切にしながら、「世のため人のため」に真摯に取り組む姿勢が根幹にある。
撚糸技術×復興が生んだブランド力
同社の独自性は、他社には真似できない独自の撚糸技術と、それを圧倒的なマーケティングとブランド力で広めてきた点にある。
撚糸産業は衰退産業と言われ、担い手の減少が続いている。その中で、同社が手がける「SUPER ZERO®」は、高度なアナログ技術の結晶であり、唯一無二の糸である。例え、代表商品である「エアーかおる」に類似するタオルが現れたとしても、撚る糸の種類や組み合わせは何百、何千とあり、同社の技術は常に進化し続けるだろう。
また、双葉町は東日本大震災の影響により、長らく住民が戻れない無人の町だった。しかし、それこそが人の心を動かす最大の要因となった。さらに、テレビ番組などのメディアでも取り上げられたことで、被災地復興と企業成長が重なるストーリーとしてブランディングにも成功している。
このように、同社の「撚糸という独自の技術×住めない町を再生させるというブランディング」への挑戦は、衰退産業と無人の町という負の要素を、希望のシンボルへと変える力を持っているのではないだろうか。
「世界一の町工場」を目指す挑戦
浅野社長は「世界一の町工場」を目指すことが同社の展望だと語る。
震災と原発事故の影響で復興が進みにくかった双葉町において、同社が双葉から生まれた世界のスターとなり、復興の希望となることを目指している。
その目標の一環として、同社は中小企業庁が始めた「100億宣言」に参加。これは、中小企業が売上高100億円という高い目標を掲げ、成長戦略に本気で取り組むことを宣言する制度であり、既に申請も行っている。申請書の作成にあたっては、経営陣や幹部だけでなく、若手社員の声も丁寧に反映し、全社一丸となって取り組んでいる。
また、若手社員の育成とベテラン社員の支援に加えて、他の工場や官公庁、さらには知見ある外部人材との連携も積極的に進めている。
単なる企業の成長戦略にとどまらず、町工場の枠を超え、地域と業界の変革をけん引する旗手として、同社はこれからも挑戦を続けていくのだろう。



若手とベテランが創る新時代の撚糸
スーパーゼロミル建設に至るエピソードを教えてください。
スーパーゼロミルの建設に至った背景には、経済産業省からの「繊維産業と福島県の復興を共に進めてほしい」との要請がありました。建設前、原発事故の影響で長らく無人となっていた双葉町を視察した際、町の現状に心を打たれ、復興への貢献を決意したのです。この決断の背後には、経産省の本気の姿勢と、私の「本気で応えたい」という強い想いがありました。その結果、弊社は2019年に双葉町への進出を決め、2023年には工場と地域交流の場を兼ね備えた「フタバスーパーゼロミル」を開設しました。スーパーゼロミルは、単なる建物ではありません。弊社の次なる挑戦の象徴であり、技術と志を融合させた“場”です。この場所から、未来のものづくりやブランド力を世界へ発信していきたいです。
浅野社長が乗り越えた一番の苦境は何ですか?
私が乗り越えた苦境は協力工場に大きな借金を背負わせてしまい、弊社自体も廃業寸前になったときです。弊社だけを考えれば辞める選択もできました。でも、責任として協力工場を絶対に守る、協力会社と納得いくまでやろうという「大義」と、日本の技術や大きな会社が小さな会社を利用するというような産業構造を変えたいという「大義」がありました。弊社が福島県の復興の象徴である以上、私たちが諦めるわけにはいかないんです。もちろん利他の精神と共に、「大きな利益を得て世界ブランドをつくる」という経営者としての覚悟もあります。これからも、どんな苦境でも、使命感と夢を原動力に戦っていこうと思います。
社員の皆さんに期待することは何ですか?
社員には「自分の会社だ」と思って働いてほしいですね。そして「夢を語り、追い求める」ことを大切にしてほしい。最近のZ世代は音楽や映画でも、「世界に通用するぞ」と本気で思っていてすごいですよね。それと同じで、弊社で働くことも「世界のスーパースターになれる」と信じて突き進んでほしいです。若い世代が前に立ち、ベテランは裏で支える、これが理想の姿です。そして、うちは60代の社員も元気なので、宴会や社員旅行は全員参加でめちゃくちゃ楽しいです。世代を超えた和合が、弊社の力です。年齢関係なく、自分の会社は世界に通用するという誇りを持って夢や生きがいを持って働ける、そんな会社にしていきたいと思っています。
復興の地で広がる 若手の可能性
浅野撚糸株式会社
総務グループ長、アテンドグループ長、広報担当 子安結愛華
浅野撚糸の双葉事業所では、若手社員が複数の役割を兼任しながら挑戦を重ねている。今回取材させていただいた子安さんもその一人で、総務・アテンド・広報と三つの部署を担当している。具体的には、来期の採用活動や見学・視察対応、SNS運用など、幅広い業務を担っている。入社当初は事務スタッフとしてスタートしたが、自らの挑戦意欲により、自然と担当領域が増えていったのだという。入社3年目にして「自分が主体となって動けることにやりがいを感じている」と語る子安さんの姿勢は、浅野撚糸が若手を信じて託す風土と見事に重なる。新しい場所で若い力が活躍する象徴のような存在である子安さんに同社への入社のきっかけや子安さんだからこそ知る同社の魅力についてお伺いした。
伝統の継承と挑戦の未来を担う社員の思い
地元から始まった挑戦の第一歩
子安さんが同社に入社したきっかけは、「新しいことへ挑戦してみたい」という思いからだった。 高校時代のアルバイトで接客の楽しさに目覚め、将来もその道に進みたいと考えていたが、地元の岐阜では希望に合う仕事が少なかった。そんな中、子どもの頃から親しんでいたタオルの会社に、カフェやショップが併設されていることを知り、興味を持ったという。加えて、当時のアルバイト先の常連客が代表だったという縁もあり、入社を決意した。面接時には、双葉町への挑戦という選択肢も提示された。入社後は東京店で接客を担当し、その後、フタバスーパーゼロミルの開業に合わせて双葉町へ転勤。最初は戸惑いもあったが、工場や事務仕事などの様々な分野に挑戦してみたいという前向きな思いがあった。また、実際に現地を訪れた際、震災から10年経っても爪痕が色濃く残る様子に衝撃を受け、復興の一助となる使命感も芽生えた。地元への想いと新しい挑戦が交差する中で、子安さんの歩みは始まった。
若手主体の現場で挑戦と成長を実感
子安さんが感じている最大のやりがいは、「自分が主体となって動ける環境」にある。双葉事業所は“若手が中心となって運営する拠点”という方針のもと、若い社員がイベントの企画・運営から日々の業務までを担っている。言うならば「ノーを言われない職場」。自由な発想で提案し、失敗も許容される土壌があるため、何にでも挑戦しやすい雰囲気だという。例えば、双葉事業所2周年のイベントでは、初めて、4ケ月かけた企画からすべての準備を若手社員のみで行い、過去最高売上を記録。地元のみならず県外からも多くの来訪者を集め、大成功に導いた。そうした成功体験が、「ここで働いていてよかった」と思わせてくれるという。また、震災を経験した地元出身の仲間たちが復興への熱い思いを語る姿を見て、「自分も何か力になりたい」との気持ちが強まった。自分自身の成長と、地域への貢献が両立する環境であることが、彼女の働くモチベーションを高めている。
双葉から世界へ、“夢のある町工場”を目指して
子安さんに夢を伺ったところ、将来は同社の双葉事業所を町内外から愛される存在、そして人々が集まり憩える場、復興のランドマークとして認識されることを目指していると答えてくれた。本社のある岐阜では「エアーかおる」や会社名に聞き覚えのある人も多く、自ら購入してくれるお客様がいた。しかし、それはあくまで岐阜に限った話であり、全国的にはまだまだ知られていないのが現状である。だからこそ、SNSの発信にも力を入れ、出張販売にも積極的に取り組んでいる。さらにはお祭りなどのイベントを通じて、全国各地へ広めていきたい。そして、「町工場」のイメージも変えていき、若い世代も活躍し、世界一給料が高く、夢が持てる町工場を実現していくつもりだという。 入社3年目にも関わらず、会社全体のことを考えて仕事をしている子安さんは、現在、採用活動に挑戦している。双葉事業所の未来を担う若手を迎えるため、試行錯誤を続けている子安さんの活躍に今後も期待したい。



双葉発、若手が輝く町工場の挑戦
浅野撚糸の商品の魅力を教えてください。
弊社の「エアーかおる」は、使えば使うほど良さを実感できるタオルです。特に吸水性と軽さは、他にはない魅力だと感じています。
東京でホテル暮らしをしていた際、備え付けのタオルが大きくて重く、水もあまり吸わないことにストレスを感じていたんです。そんな時、あらためて「エアーかおる」を使ってみて、その軽さや、髪に軽く当てるだけでしっかり水を吸ってくれる性能に驚きました。髪が長かったこともあり、その差はとても大きかったです。
製品はさまざまなシリーズが展開されており、柔らかい肌触りのものからしっかりめの質感のものまで幅広く、自分に合った一枚を選ぶ楽しさもあります。
浅野社長は、どんな存在ですか?
浅野社長は、非常に行動力があり、エネルギッシュな方です。休む間もなく、岐阜・東京・福島を行き来されていて、その姿にはいつも驚かされます。
社長との距離は非常に近く、双葉を訪れた際には、面談や雑談を通じて直接言葉を交わす機会もあります。会社のトップでありながら、アットホームな気軽に話しかけられる雰囲気は、まるで学校の校長先生のような存在です。
それだけではなく、社長のすごさはまさに、ひらめきの力にあると思います。「神から降りてくる」と社長がよくおっしゃっていますが、廃業寸前だった時に、最終製品を持ってブランドをつくろうというアイディアがおりてきたそうです。その直感力と発想力は、極限まで考え抜いた者にしか訪れない領域にあるのだと思います。
学生に向けてのメッセージをお願いします!
弊社の双葉事業所は、若手が前向きに挑戦できる環境が整っています。年齢や経験に関係なく意見を出せる風通しの良さがあり、ベテラン社員の方々がしっかりと支えてくださるので、若手も自信を持って働くことができます。これは、震災後の復興を担う双葉という地域性もあってこそだと感じています。
全力で挑戦したいという想いを持つ方には、非常に向いている職場です。
まずは実際に福島を訪れ、ご自身の目で現地の空気や人々の想いを感じていただきたいと思っています。そして、感じたことをぜひSNSなどで発信してください。その小さな行動が、復興の力になると私は信じています。
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